第10話 「夜は明ける」
フォーグナーに巻き込まれないよう、汐苑を大きな木の下にある小屋の中に寝かせる。
「セルジオ、前みたいに、一発でフォーグナーを倒せないのか?」
「……ふっ。あのレベルの魔術は、すぐに行使できないんだ。だから君に時間を稼いでもらってたんじゃないか。」
それを聞いてため息が出た。
やっぱり胡散臭い奴だ。
それでも、奴らを確実に倒すには、セルジオの力が不可欠だ。
「分かった。俺が、時間を稼ぐ。その間に、セルジオは準備をしてくれ。」
「うっ、うん。ありがとう。……なんか、変わった?君。」
正直、昨日までずっと躊躇っていた。
咄嗟に出たとはいえ、本当に、拳を振るうべきなのかを。
でも思い出したんだ。
かつて師範が、俺たちを守るために、その拳をふるったことを。
今こそ、まさにその時なんじゃないか?
汐苑を守る。
和泉との約束を守る。
そしてフォーグナーに惑わされている彼らの、意思を守るために。
だから……俺が、この拳を汚すことを許してください、師範。
「何で分かってくれないんだ?俺たちは、この高揚を知って欲しいだけなんだぜ。」
「そうか……それが誰かを殺していい理由だと思っているのか?」
自分のやっていることを悪だと思っていないのか?
やっぱり気味が悪い。
「だから、俺はお前たちと同じにはならない。」
次の瞬間、俺は、一気に距離を詰める。
「その手に持っているものは、捨ててもらうぞ。」
その男が持つ、包丁を叩き落す。
ゴッ!
鈍い感触がする。
前に感じた時と同じで、まるで岩でも殴ったみたいな感触がした。
「痛ってぇな、クソガキィャァアア!?」
男が、怒りに任せ、拳を振るう。
その拳を掴みながら、思いっきり引き寄せた。
こんなもの!!!
その勢いを利用して、男の腹に膝を入れる。
「痛いか?でも、これはお前がこれまで人に振るってきた力なんだよ。」
モロに俺の膝が突き刺さった男は、泡を吹いて倒れる。
その苦悶の表情が見えた時、ほんの一瞬、動揺してしまった。
でも師範なら……一度、決めたことは曲げない。
だから俺はやり遂げる。
「悠真くん。どうやら、前に戦った奴らより、呑まれきってないみたいだ。これなら簡単に無力化できる。」
「そうか、じゃあ前みたいに殺さなくていいんだな?」
「うん。この程度の力なら抑え込むことができる。」
そうか……それなら安心だ。
これで躊躇いなく戦い抜ける。
拳を握り直し、余計な力を抜いた。
一撃に全てを込める。
「何をするんだぁ?お前はこの感覚を知りたくないのかぁ?」
今度は別のフォーグナーたちが襲い来る。
あの時の警官よりも弱いとは言え、複数相手は流石に厳しい。
そう思っていると、赤い光が頬を掠めた。
その光が当たったフォーグナーが怯む。
「君は一体ずつ集中してくれればいい。その間に、他の奴らは押さえておくよ。」
「ありがとうございます。」
その時、セルジオの表情が心なしか明るくなったような気がした。
そのまま、セルジオの援護を受けながら、俺は一体、また一体とフォーグナーを倒していく。
だんだん痛みの増していく拳。
昨日までの腫れが、治りきってないんだと思う。
ただ悪い気はしない。
人を殴れば、自分の拳も痛む。
誰かを傷つけるとは、こういうことなんだ。
そう実感できるから。
俺は、奴らとは違う。
そして……ようやく残りが一体になる。
「どうしてぇ?俺は、お前のために言っているんだぞぉ?なのにこんな扱い、あんまりじゃないかぁ……。」
その瞬間、フォーグナーの体が変化した。
「おっと。これは君が、相手にするには、分が悪いんじゃない?」
その両腕が、黒い植物のツルのようなものに覆われる。
同時に、さっきまで薄かった黒い霧が明らかに濃くなったのが分かった。
「どうする?変わってあげようか?」
「はい。危なくなったらお願いします。」
ほんの一瞬気をそらした……その時!
ズボォ!
突然、地面がめり上がったかと思えば、大きなツルが伸びてきた。
そのツルが腕に、巻き付いてくる。
「うお!チッ、なんだ、このツルは!?」
「少し頭を冷やせば、きっと分かってくれるよな?」
よく見ると、フォーグナーの両腕のツルが、伸びて地面に潜っていた。
どうやら、それがここまで伸びてきたらしい。
「足止めのつもりか?」
「そうだ。これで、お前はもう何もできないだろう。」
そうか……普通なら、そう思うだろうな。
……でも俺は、この程度の拘束なんて。
「師範の修行に比べたら、ぬるいんだよぉおお!」
体に大量のタイヤを括りつけられた状態で、山の中を、登ったことはあるか?
「うおぉぉおおお!!!」
全体重を、前に進む推進力に変える。
所詮は、土の中を伸びてきているだけだ。
土が掘り返されて、どんどんツルが地表に出てくる。
「どんな力してるんだ、お前はよぉおお!」
両手にかかる力が弱くなった。
そう思った直後、目の前に見える地面が、崩れ始めた。
崩れた地面の中から、新たなツルが出てくる。
それが鞭のように、俺の体に打ち付けられる。
バチィン!
皮膚が引き裂かれるような衝撃に、息が乱れた。
クソ、痛ぇえ。
「なあ、諦めてくれよ。抵抗は無駄だろう?痛いのは嫌なはずだ。」
「ああ?なんだよ。お前も分かってるじゃないか?」
だったら、なおさら許しておけないな。
「今すぐ、一発入れてやるよ。」
怯むな進み続けろ。
そう言い聞かせて、無理やり進んだ。
次々に襲い掛かってくる、鞭のようなツルの一撃を耐えながら。
ただ一撃。
この一撃で、あいつに教えてやらないといけない。
この痛みを……。
「なんなんだ。なんで、そんな顔でいられる。なんで動けるんだ?」
自分でも分からない。
自分の思いだけで、動いたのは初めてだったから。
「案外届くもんだったな。」
そして……ようやく目の前に立つことができた。
「本当に気持ちの悪い奴だな。」
今度こそ……。
何枚にも重なった、板を割るよりも、重く、早い一撃で。
その一瞬に、全神経を注ぐ。
バギィ。
鈍い音とともに、フォーグナーの体に大きな穴が開いた。
「本当に人間じゃなくなってるんだな……。」
「……そうさ。だから深く考えすぎないほうがいいんだ。憐みは彼らのためにはならない。」
直後、目を焼かれるほどの光が、辺りを包んだ。




