第9話 「もう戻れない、それでも……」
よかった。
和泉は、フォーグナーなんかじゃなかったんだ。
歪みなくハッキリと見える親友の姿でそう思えた。
背負われている汐苑は、眠って居るようだ。
「あ〜……よっ!一昨日ぶりだな……ははは。」
和泉は、気まずそうに笑う。
「……和泉……いーずーみ〜!!!」
「うわっ!ちょっ、おい。照れるだろ……。」
俺は思わず抱きついてしまった。
「今から、お前も迎えにいくつもりだったんだけど……チッ、まずいな。」
和泉と同時に俺も気が付いた。
闇の向こうから、黒い霧が迫っているのが。
「行こう、和泉。」
「あぁ。再会の余韻に浸るのは、また後だ。」
互いに顔を見合わせ頷く。
それを合図に、同時にスタートを切った。
背後から襲いかかる気配は一つ二つじゃなかった。
汐苑だけじゃない。
おそらく和泉も狙われて居るんだと思う。
とても相手し続けられる数ではないことは確かだ。
だから今は……とにかくあの路地へ行かなければ。
「本当に大変なことになったもんだ。この街はこんなに変わってしまったんだな。」
和泉は、悲しそうな目を見せる。
一体、何を見てきたんだろうか。
「なあ、本当は、いつから俺たちを見ていたんだ?」
和泉は、目を少し丸くした。
「あの路地で、俺たちの前に姿を見せる前から、ずっと、俺たちを見続けてたんじゃないのか?」
「それは……。」
「やっぱりな。どうして、すぐに会いに来てくれなかったんだよ。」
しばしの沈黙が流れ、意を決したように、和泉は口を開いた。
「悠真は、僕が死んだ理由を知っているか?」
「……他殺だろう。快楽殺人の巻き添えで、和泉は……。」
あの男は十数人を連続で殺した。
目的はない。
ただひたすらに、殺し続けた。
ただの狂った殺人鬼が起こした。
そういう狂気の事件だったはず。
そして、あの男は、師範が……。
「快楽殺人?違うな。あいつは、狂信者みたいなやつだ。」
「狂信?」
何となく、昨日のフォーグナーの姿を思い起こす。
「そうだ。どうやら人を殺すことに、意味を見出していたらしい。」
「分からない。そんなの関係ないだろう?あいつはもう昔の人間なんだから?」
そうだ……師範があいつを止めてくれたから、俺も、汐苑も生き残ったんだ。
あいつはもう死んだはずなんだ。
「そうか。誰も知らないんだな。あいつがまだ生きていることを。」
……はっ?
「二人を探して居る途中で僕はそれを知ったんだ。それで……。」
「そんなはずないだろう。俺はこの目で、あいつの死体を見たんだぞ。」
でも、この数日で、俺はそれが事実だと思える出来事が起きた。
フォーグナーという怪物の存在だ。
「心当たりがあるだろう?」
「そうか。文字通りの怪物に生まれ変わったんだな。」
笑えない。
あんなのがこの街に放たれたなんて。
和泉が黙っているはずがないな。
「この街は、手遅れだと悟った。あんな数の怪物が、まだまだ、潜んでいるんだからな。」
互いに背後を確認した。
絶望するだろうさ。
今、ついてきている奴らだけで、10以上はいる。
これで全てじゃないなんてな。
「だから、それを伝えに、俺たちの前に?」
「そうさ。まさか、あんなのに会うなんて思わなかったけどな。」
セルジオのことだろう。
……よく考えると伝えておくべきなのかもしれない。
「和泉、俺が今向かっているのは、あの日、会った魔術師のところだ。」
「……そうか。」
それを知った途端、和泉の表情が険しくなる
その表情が、とても悲しそうに見えた。
でも、それが何故かは、俺には分からなかった。
突然、和泉は立ち止まると背負っていた汐苑を抱き上げ直した。
「悠真、ごめん。僕は、魔術師どもを信用できない。」
そして、汐苑を俺に差し出した。
「汐苑を頼んだ。何体かは、こっちで引きつけるから。」
「待てよ。あの人は、和泉を助けようとして……。」
「違う、僕はそいつだけじゃない。魔術師全体が、信用できないって言ってるんだ。」
……セルジオの他にも、この街に魔術師が?
「確かに、今のこの状況、怪物に対抗できる奴の元にいるのが一番安全だ。それでも、奴らを信用しすぎるな。」
「待ってくれ、せっかく会えたのに、このまま、またさよならなんて……。」
フォーグナーが、どんどん近づいてくる。
もはや時間に余裕はなかった。
そんな中で、また和泉は自分を犠牲にしようとしている。
そうはさせない。
もう、和泉一人に全部押し付けたりしない。
「……なら、あの日の海岸沿いの山の中で、またいろいろ話をしよう。」
そして和泉は、別の道へ、消えていった。
あいつは、必ず生きてまた会うと約束してくれた。
なら、和泉の代わりに俺は汐苑を守り抜くんだ。
もうすぐ路地に着く。
「セルジオォォオ!!!早く出てきてくれ!」
声の限り全力で叫ぶ。
この路地の中は行き止まり、もはや逃げ道はない。
ついてきたフォーグナーは、片手で数えられるくらいだ。
和泉が言っていた通り、魔術師は、胡散臭いし、正直、頼っていい奴らかなんて分からない。
でも、セルジオは……少し違うような気がする。
俺たちが、覚悟を決める時間をくれた。
死ぬかと思ったけど、あの時、助けてくれた。
それなら、また……。
「やれやれ、どうやら、僕の判断は遅かったみたいだ。」
一瞬で、周りの景色が変わっていく。
いつの間にか、俺たちは森の中にいた。
「もう、君たちは逃げられる段階にいなかったってことだな」
「ああ。でも逃げるつもりなんて、はなから無かったんだ。俺たちの住む街が、こんなことになっているなんて知って黙ってるわけないだろう?」
それを聞いて、セルジオは高らかに笑った。
「そうか、ただの子供じゃ無かったわけだ。」
その時、フォーグナーの一体が、襲いかかってくる。
「それじゃあ、手伝ってくれ。悠真くん!」
俺は、その一体の腹に、渾身の一撃を蹴り入れた。
「ふぅ……はい。もちろんです。」
セルジオの目を見て、俺はもう一度覚悟を固めた。




