15-5 ここで倒されるわけにはいかない
「――っ!!」
反射的に、父さんの剣に自分の剣を打ち合わせていた。
鈍い金属音が部屋を震わせ、衝撃が腕から背中へと突き抜ける。
さすがに父さんの一撃は重い。受け止めただけで体が軋んだ。
「な、に……?」
父さんが目を見開く。
攻撃を止められたことが理解できない。そんな顔だった。
「ごめん、父さん。私、忘れてたことがあった」
「なんだ?」
「私を殺したあと、姉さんも殺すんだよね?」
「……ああそうだ。アザゼル以外は全員処刑する」
父さんはそう言うと、さっきよりもさらに力を込めて剣を押しつけてきた。
魔力の圧が増し、金属が軋む音が耳に刺さる。腕ごと後ろへ押し込まれ、足がわずかに下がった。
父さんは姉さんよりもはるかに強いから、どう足掻いても勝てない。それにここに連れてこられたら、逃げることも難しい。
だから、私がここで止めないと、姉さんの運命が決まってしまう。
「それに父さん、ディースとルルカも殺すつもりよね?」
「……なぜそう思う?」
「私を殺すだけなら、二人を呼ぶ必要はないでしょう」
「……」
沈黙が、すべてを物語っていた。
「正直、私一人が殺されるだけなら、それでもいいかなって思った。やりたいことなんて特にないし、魔界が平和になるなら、父さんの気が晴れるなら、それでもいいかなって」
これは本音だ。みんな、私のせいで不幸になっている。
私の情報を掴むために、姉さんの部下は蹂躙され、カーラの向日葵畑にも攻撃が及んだ。
ヴァルハルトや協会は、私のことを考えて魔界への強い関与を控えている。
ディースとルルカは外に出られないし……ディースは大怪我まで負った。
だからもういいや。そう思った。
でも、誰か一人でも殺されてしまうのなら――
「私がここで倒されるわけにはいかない!!」
私は剣に力を込めて父さんを押し返し、態勢の崩れたところに風魔法を叩きつける。
ディースくらいなら、壁に叩きつけて即死させるほどの威力だが……父さんは十メートルほど吹き飛んだところで態勢を立て直した。さすがは大魔王を名乗るだけある。
「ほう。……お前、ずっとその力を隠していたのか?」
「ええ。父さんにこの力を見せたら間違いなく殺されるって、姉さんに言われたから」
「イレアナはやはり小賢しいな。次はあいつを消そう」
「そんなことさせないわ!」
「ならば私を超えてみろ、ノワエ!!」
私の足下に赤黒い魔法陣が浮かび上がり、下から噴き出した炎が私を焼き尽くす。
「……残念。このくらいじゃ全然平気よ」
さすがに無傷とはいかなかったけど、少しやけどをしたくらいだ。ダメージはほとんどない。
「ほぅ……お前さえ死ねば、アザゼルは本当に強くなるかもしれんな」
「それはないわよ。兄さんは兄さん、私は私よ」
「ふっ。どちらが正しいかは、あの世で確認するがいい」
音もなく距離を詰めてきた父さんの一撃を受け止める。
金属がぶつかった衝撃で視界が一瞬歪む。握った手がじんと痺れ、骨まで震える。
剣越しに見える父さんの口角が、わずかに上がる。
久しぶりに骨のある相手と、命のやり取りをするのが嬉しいのだろう。だって、私も嬉しいから。
これが魔王族というものだ。
父さんの連撃が続く。
それを躱し、受け止め、とにかくしのぐ。
力は私の方が上だけど、戦闘経験は父さんの方が豊富だ。下手に反撃すればこちらが大怪我を負う。だから隙をじっくりと伺う。
本気で弾き返して隙を作る手もあるけど、それはまだ取っておきたい。
「よっ……と!」
重くなる攻撃を捌きながら、頭を働かせ、隙を探す。
「どうしたノワエ! 防御するだけで精一杯なのか!?」
挑発には乗らない。
私を打ち崩せなくて、父さんは明らかに焦っている。
だから打ち合うたびに攻撃が大振りになり、隙も大きくなっていく。
もう少し耐えれば、きっと大きな隙ができる。
しかし、その時が来る前に、父さんが一度大きく距離を取る。この辺りの冷静さが、やはり百戦錬磨の大魔王たる所以だ。
「ノワエ、お前がここまで強いとは思っていなかったぞ」
「なら、やめにしない? 私、兄さんの地位を奪うつもりはないから。正直嫌だけど、考えを改めてくれるなら、アザゼル兄さんの補佐くらいするわ」
「ふふっ。それは無理だノワエ。戦って確信した。お前のような魔王がいるからこそ、アザゼルは弱いままなのだ」
「それはないと思うけどな」
父さんは懐から無数のナイフを取り出し、投げつけてくる。
適当に放ったように見せて、避けるには態勢を崩すしかない絶妙な位置を狙っている。
このあと、一気に距離を詰めてくるだろう。
(毒くらいは仕込んであるわよね……)
回避に専念すれば大きな隙ができる。
でも、どんな毒が仕込まれているかわからないから、まずは目先の問題を対処するしかない。
飛んできたナイフを最小限の動きで避けて、打ち払う。
やや崩れた態勢のまま、向かってくる父さんを迎え討とうと剣を構える。
その父さんの指先が、くいっと動いたのが見えた。
(――重力魔法!!)
気付いた時にはもう遅い。
避けたナイフが、父さんに引かれるように軌道を変え、私の背中に深く突き刺さる。
毒のせいだろう。刺さった場所が焼けるように熱を帯び、すぐに痺れが広がって剣を取り落としそうになる。
父さんの剣が目の前に迫る。
避けるのは無理。打ち合わせれば、こちらの剣が弾き飛ばされる。
(なら、受けて立とうじゃない……)
私は防御魔法で固めた左腕を、振り下ろされた父さんの剣に叩きつけた。
「――っ!!」
激痛とともに、骨の砕ける音が体の中に響く。
襲ってきた痛みに歯を食いしばって耐え、視界が白く滲むのをこらえながら状況を確認する。
父さんの斬撃を受け止めた腕は、力なく崩れ落ちていく。関節じゃない場所で折れ曲がっているけど、切り落とされずに堪えてくれた。
なら、今度はこちらの番だ。
体を捻り、父さんの横っ腹へ回し蹴りを叩き込む。
「ぐっ!」
予想外だったのだろう。回し蹴りをまともに受けた父さんは、いったん距離を取った。
「うむ……。普通なら卒倒するほどの毒なのだが……」
「生憎ね。誰かさんのお陰で、毒は効かないのよ」
左手を治しながら、ひと息つく。その時、ディースの顔がふっと浮かんだ。
小さい頃から訓練と称して毒を飲まされ続けてきた。その甲斐あって、ほとんどの毒は効かない。
「では、続きといこうか」
「望むところよ」
私が回復を終えると、父さんは武器を構え直し、一気に距離を詰めてきた。
今度は剣と魔法を織り交ぜ、押し潰すように攻め立ててくる。
私は先ほどと同じく、動きを見極めながら捌き、隙をうかがう。
でも父さんは、隙が大きくなる前にきっちりと距離を取って、態勢を立て直す。
また、一瞬で距離を詰め、連撃を浴びせてくる。
その攻撃を的確に捌きながら、どう決着をつけるか考える。
倒すことはできるけど、倒せば私が大魔王になる。この状況になってもそれは避けたい。
かといって、ここまで手の内を晒した以上、今までのような生活には戻れない。
(――っと!)
捌き損ねた突きが頬を掠めた。
崩れた態勢を立て直すために、今度は私が大きく距離を取る。
熱いものが伝うのを感じて手で拭うと、べっとりと血がついた。
正攻法でようやく攻撃が通ったのが嬉しいのか、父さんがにやりと笑う。
さすがに、これほどの相手と戦いながらだと考えがまとまらない。
父さんが疲れて、手を止めるまで粘ってみるか。下手をすれば、一週間くらい戦う羽目になるかもしれないけど。
長期戦を覚悟して剣を構え直した、その時だった。
「ノワエ様!!」
「えっ……?」
声のした方へ振り向くと、そこにはディースが立っていた。




