15-2 そもそも全員仲が悪い
相変わらず薄暗くて気の滅入る魔王城に着くと、ディースたちは客間へ、私は食堂へと案内された。
(うわぁ……)
思わず足が止まる。
食堂には魔王族の兄姉、私を含めて八人全員がそろっていた。
もちろん顔は知っている。けれど、イレアナ姉さん以外とはほとんど会ったことはないし、そもそも全員仲が悪いから連絡すら取ったことがない。
居心地の悪さを押し込めるように息を整え、姉さんの後ろについて席に座った。
隣は姉さんだから大当たりだけど、対面は傲慢領を治めるウィル兄さんが座っているから大外れだ。
中性的……いや、可愛らしい女の子の風貌なのに、その顔は露骨に私たちを見下していて、性格の悪さが隠しきれていない。
姉さんはウィル兄さんを視界に入れないよう、じっと机を見つめている。
兄姉の中でこの二人が一番仲が悪い。いや、仲が悪いなんてものじゃない。憎しみ合っていて、いつ殺し合いになってもおかしくない関係だ。
せっかく兄妹がそろっているというのに、誰ひとり口を開かない。
それどころか視線すら交わらないまま、ただ沈黙だけが積もっていく。
しばらくその空気に耐えていると、食堂の扉が開いた。
父さんが入ってきた瞬間、私たちは一斉に立ち上がり、頭を下げる。
重い足音を響かせながら、最奥の上座へ向かい、席の横で立ち止まる。
「集まったようだな。全員、表を上げろ」
「ありがたき幸せ。魔界に永久の繁栄を。アウレオールス様に栄光を」
臣下が集まったときは、こうして唱和するのが魔界の古い仕来りだ。
父さんはどこか満足げにうなずくと、ドカッと椅子に腰を落とす。
そのあとで、私たちもそれぞれ席に腰を下ろした。
「で、何の用だい、父さん?」
最初に口を開いたのは、対面に座るウィル兄さんだった。
「お前たちにとって、とても大切なことだ。のちほど個別に話をする」
「珍しいね。父さんが個別で話なんて。そういう呼び出しは、てっきりノワエだけだと思っていたよ」
こういう嫌味で喧嘩腰なのが、ウィル兄さんだ。
「どういう意味だ」と返しそうになるけど、息と一緒にその言葉を飲み込んだ。
父さんの言葉を信じるのなら、魔王族だとバレたことで呼び出されたわけではなさそうだ。
この場を平穏に乗り切れれば、私はまだ三人で生活できるかもしれない。その可能性を、安い挑発に乗って潰してしまうのはもったいない。
「まずは食事にしよう」
父さんが指を鳴らすと、メイド長のスティカさんに連れられて、九人のメイドたちが入ってくる。
スティカさん以外は全員、顔面蒼白で小刻みに震えている。その姿はまるで糸の切れかかった操り人形みたいで、今にも崩れ落ちそうだ。
弱者にだけ強気な父さんは、本当に些細な粗相も逃さず、容赦なく死を与える。
とくに父さんの前に出ることが多く、戦闘能力が総じて低いメイドは、実質処刑待ちみたいな職だ。
だからこの城のメイドは、孤児か、行き場を失った者ばかりになる。
「あ……」
メイドの一人が、隣の姉さんに渡すはずだったスプーンを落とした。
カラン、と乾いた音が響くのと、その子の目の前で火花が散るのとが同時だった。
父さんが、姉さんを鋭く睨みつけて、ゆっくりと口を開く。
「イレアナ?」
「……あら、ごめんなさい。つい手が出てしまったわ」
「相変わらずだなお前は。本当に魔王なのか?」
「父さんもよく知っているでしょう。大魔王様でも骨抜きにできる、私の性技」
そう言ってわざとらしく胸を寄せ上げ、肩をすくめる姉さん。
私からは後頭部越しの顔しか見えないが、きっと見た者の心を奪うような表情をしているんだろう。
父さんは眉ひとつ動かさず、何か言い返したそうに口を開きかけたが、結局スティカさんへ怒りの矛先を向けた。
「……スティカ」
「大魔王様、大変申し訳ございません。ほら、あなたたち、ぼけっとしないで、その子を早く連れて出しなさい」
両脇を抱えられ、気絶したメイドは運ばれていく。
「スティカ、この後の給仕はお前に任せる。ゴミどもを中に入れるな」
「……かしこまりました」
部下をゴミ呼ばわりされたスティカさんは、何か言いたげに唇を震わせたが、結局何も言わずに一礼してから準備を始めた。
(スプーンを落としたくらいで、そんなに怒らなくてもいいのに)
そう思いながら、向き直った姉さんに「ありがとう」と目で伝える。姉さんは、こそっと投げキッスを返してくれた。
父さんの攻撃を防いだのは、私だ。
姉さんも魔界でも指折りの実力者だけど、父さんには遠く及ばない。
さっきの攻撃も、認識すらできなかったはずだ。
それでも状況を瞬時に察して、場を収めてくれるのは、さすが姉さんだと思う。
スティカさんは一人で給仕をこなすことになって大変なはずなのに、それを微塵も感じさせず、淡々と、そして驚くほど手際よく動いていく。
ルルカとは対照的な、静かで落ち着いた給仕だ。
張り詰めた空気のまま、食事が始まる。
外に出られないので、最近は控えめな食事が多かった。だから今日の料理は、いつにもまして豪華に感じる。
……とはいえ、私はやっぱりディースやルルカが作った料理の方が好きだ。料理長には悪いけど。
食事中は誰も一言も発さず、張り詰めた空気が膨らんだだけで終わる。
スティカさんが食後に出してくれた紅茶は、とても良い香りがふわりと立ちのぼってきた。
おそらく私が飲んだことのない紅茶だ。今度、どんな茶葉を使っているのか聞いてみよう。
このあと父さんに呼び出されて、重大な話――たぶん実際は大したことのない小言を聞かされるわけだ。
そう思うと気分が一段と沈む。でも、何を言われるのか分からない分だけ緊張も増す。
隣にいる姉さんも、少し緊張しているようだ。
出された紅茶のカップを取り、静かに口をつける。
美味しい紅茶が喉を流れていっても、憂鬱な気分は流れていかなかった。
またしばらく、無言の時間が続く。
ゆっくりと飲んでいたつもりだったけれど、思いのほか早かったようで、私が一番初めに飲み終えてしまう。
誰かが飲み終わるのを待っていたのだろう。父さんが静かに立ち上がった。
「ノワエ、お前からにしよう。ついてこい」
「わかりました」
私は部屋を後にした父さんの背中を追って歩き出した。
部屋を出るときにふと振り返ると、姉さんが心配そうにこちらを見つめていた。




