14-1 何が嫌なのか
「よう! ひっさしぶりぃ~」
私の館にやってきたのは閻魔大王のヴァルハルト。
先日あのようなやり取りがあったというのに、いつもとノリは変わらない。そのことに少し安堵する。
「本当に来たのね。嘘だと思っていたわ」
「閻魔が嘘つくわけね~だろ」
けらけらと笑う声が、館の静けさを軽く揺らした。
その声に背中を押されるように、私はゆっくりと応接室へ歩き出す。
「にしても、相変わらずボロボロだなぁ~」
「歴史ある素敵な洋館って言いなさい。次言ったらぶん殴るわよ」
「わりぃわりぃ。頼むから殴らないでくれよ~」
ヘラヘラしながら軽く手を振るヴァルハルト。そこに閻魔の威厳は一切ない。
(ま、私が殴ったところで、ヴァルハルトは痛くもないでしょうけど……)
そんなことを思いながら、彼を応接室へと案内する。
少しすると、ディースが紅茶とお菓子を運んできた。
「おい~っす、ディース。マジで久しぶりじゃん」
「ご無沙汰しております、ヴァルハルト様」
「元気そーで安心したわ」
「……どこを見て挨拶をされていますか?」
「乳……ってあぶねぇ!!」
ディースが無言で投げたフォークを、ヴァルハルトは身を大げさにひねって避けた。
そもそも当たるはずもないし、仮に当たったところで折れるのはフォークの方だろう。
(相変わらず騒がしいやつね)
そんなことを思いながら、ディースの煎れてくれた紅茶を一口いただき、そっと気持ちを落ち着けた。
「で、今日は何の用なの?」
「んにゃ。ちょっとな」
そう言いながら、ヴァルハルトはちらりとディースに視線を向けた。
どうやら誰にも聞かれたくない、真面目な話がしたいらしい。
「……ディース、少し暇を与えるわ」
「かしこまりました。ではルルカを連れて、買い物に行ってまいります」
「行ってらっしゃい。気を付けてね」
ディースは静かに頭を下げ、部屋を出ていった。
「暇を貰ったってーのに仕事するとか……。マジで、お前にはもったいねぇ従者だわ」
「そうねぇ~」
軽口に返しながらも、胸の奥の緊張感は強まっていく。
彼がわざわざ館まで来て、さらに二人きりになりたがる理由は一つしかない。
――今後の魔界についてだ。
「さて……実は今日、アウレオールスと話をする場を、ちょいと作ってんのよ。もちろん、俺が兼務するとか、ディースのこととか、お前の話とかは一切しねぇから安心しとけ」
「面倒くさがりのあんたが、えらく早く動くじゃない」
「協会もガチっぽいからなぁー。つーかこの問題、地獄に影響があるのに、俺もずっと放置してたし……そろそろケリを付けねーと」
ヴァルハルトは、さっきまでの軽さが嘘のように、静かにそう言った。
どうやら本気で父さんと向き合うつもりらしい。
「ノワエ、もう一度聞いておくが……お前は大魔王になる気はないな?」
鋭い目線を向けられ、背中にじわりと汗がにじむ。
心の中でそっと一息つき、ゆっくりと考えを巡らせる。
本当に、私は大魔王になる気がないのだろうか。
大魔王の何が嫌なのか。
そして、なぜ大魔王になった後のことばかり考えてしまうのか。
「……ない、わ」
まだ答えを決めきれない私は、そう返すのが精いっぱいだった。
ヴァルハルトはゆっくりと視線を落とし、静かに「そうか」とつぶやいた。
「最終的にはよ、アザゼルを俺の下に入れる方向で、うまいこと誘導するつもりなんよ」
「……兄さん、嫌いじゃないの?」
「嫌いだぜ。でもお前がやる気ねぇなら、どうせ俺が兼務することになるだろ。その時はよ、ディースよりアザゼルの方がまだ面倒少なそうじゃん?」
「まぁ……そうかもしれないわね」
アザゼル兄さんが大魔王代理をした方が、魔族もまだ言うことを聞くだろう。
ただ、ヴァルハルトが見ているのは魔界の未来じゃない。
自分の仕事――地獄にやってくる、死んだ魔族の数がどうなるか、ただそれだけだ。
「父さんが、あんたの下にアザゼル兄さんを入れることを、飲むと思う?」
「んにゃ、思ってねーよ。だからアウレオールスとは適当に折り合いをつけちゃうつもりだ。あいつが死んだあと、アザゼルは力づくで黙らせりゃいいし、無理ってんならイレアナにやってもらうだけだしな」
「……ワンクッション置いてくれたことに感謝するわ」
「お前は理解が早くて助かるぜ」
ヴァルハルトからすれば、アザゼル兄さんをさっさと処刑して、まだ動かしやすい姉さんを代理にした方が都合はいい。
それを初めから選ばなかったのは、私への配慮以外の何物でもない。
「ま、今日は今後どうすんのか聞くだけよ。……お前にとっちゃ、いい結果にはなんねぇだろうけどなぁ」
「……そう、よね」
ヴァルハルトに今、私を取り巻く問題を話すべきか迷う。
とくに兄さんの補佐をする話をすれば、私では思いつかないような解決策を出してくれるかもしれない。
そう思って口を開きかけた瞬間、扉を乱暴に開ける音と、ルルカの悲鳴のような声が、館に響いた――。




