13-2 何か大きなことを起こすつもり
森の洋館で光を浴びて育ったせいか、それとも魔族のくせに天界へ行くことが多いせいか。
私はこの大魔王城のような、光が差さない空気の沈んだ場所がどうにも苦手で、帰路につく足は自然と早くなる。
けれど、その急いた足とは対照的に、頭だけは冷静に父さんの言動を整理していた。
今の私は、裏社会が素性を探っているという、父さんとしても看過できない状況にあるのは間違いない。
でも、少し前まで私に全く興味がなく、それどころかどう始末しようかと考えていた父さんが、急に気にかけてくるなんて。
それどころか、私をアザゼル兄さんに近づけようとするなんて――正直、解せない。
(何を考えてるのかしら……?)
私の直感が、父さんが何か大きなことを起こすつもりだと告げている。
内容によっては、天界にまで被害が及ぶ可能性もある。さすがに魔界の問題でムースやアンスリュームに迷惑をかけるのは忍びない……。だからこそ、対策を練るための材料が欲しい。
とはいえ、父さんは人一倍慎重だ。側近どころか、兄さんにすら考えを話していないだろう。
となれば、父さんの最近の行動から手がかりを拾っていくしかない。
(近くにスティカさんがいるわね……)
こっそり探知魔法を使うと、給仕長のスティカさんの反応が近くにあった。
他人を信じない父さんですら一目置く魔族だから、彼女のもとには情報や噂が自然と集まってくる。
帰宅ルートからは少し外れるので、正直、面倒くさい……。でも、ここで動かなければ、あとで余計に面倒なことになる。
そう自分に言い聞かせて足を向けると、すぐにスティカさんの姿が見えた。
「あら、スティカさんじゃない。偶然ね」
「ご無沙汰しております、ノワエ様」
綺麗なお辞儀で私を迎えてくれたのは、大魔王城の給仕を取り仕切るスティカさんだ。
彼女とは小さいころから親交があり、私を魔王族だと知っている数少ない魔族でもある。
「いつも丁寧にありがとう。顔を上げて」
「はい。では失礼いたします」
スティカさんが顔を上げた瞬間、私はその表情を改めて見つめた。
優しさと芯の強さを秘めた瞳を隠すように丸眼鏡をかけており、それが知的で真面目な印象をさらに強めている。
黒髪は肩より少し長い程度で整えられ、前髪は丸く揃えられていて、顔立ちを柔らかく縁取っていた。
長であるにもかかわらず、他の者と変わらない給仕服を着る彼女は、外見も中身も派手さとは無縁の女性だ。
けれど、丁寧に積み重ねられた所作や佇まいによって、誰にも真似できない静かな美しさと気品が自然に滲み出ている。
「最近の調子はどう?」
「……」
スティカさんは目を伏せ、言葉を飲み込んだ。
何か言いたいことはあるのだろうが、立場上、軽々しく口にできないのだろう。
よく見ると、どことなくやつれているようにも見える。
「ちょっと話したいことがあるから、どこか二人きりで話せる場所に案内してくれる?」
「かしこまりました。ではこちらに」
スティカさんはすぐに私の意図を汲み取り、近くの客間へと案内してくれた。
「で、最近はどうなの?」
「その……、相変わらずです。先日ウィルディース様が来られた際に、粗相のあった部下が一名、殺されました」
「そう……」
またスティカさんは目を伏せ、握った服の裾がきゅっと音を立てた。
父さんは、ちっぽけな威厳のために自分より弱い存在に強く当たる癖がある。
スティカさんも決して弱くはないけれど、魔王族からしてみれば虫けらも同然だ。だから、父さんが動けば、部下を庇うことすらできない。
「今月だけで、十人も殺されています」
本当に苦しそうに言葉を紡ぐ。それでも決して涙は見せない。
その痛々しい姿を見ていると、私まで心が苦しくなる。でも、私だってそんなところは見せられない。いつも通りに話を続ける。
「いつにもましてペースが速いわね。何かあったの?」
「いえ、大きな出来事はここ数年、何も起きていません。ただ……大魔王様はイライラされていたり、かと思えば機嫌がよかったりと、落ち着きが無いように見受けられます」
「ふ~ん。いつもイライラしてはいるけど、機嫌がいいのは珍しいわね」
そういわれてみれば、今日も妙に機嫌がよかった気がする。
「そういえばさっき、ウィル兄さんが来たって言ったけど、何の用で来たの?」
「内容までは……。ただ、この一年で各地を治める魔王様が、一度は大魔王様に呼ばれております」
「へぇ~」
ウィルディース――傲慢領を治めるウィル兄さんが呼び出されるなんて、聞いたことがない。
父さんの気まぐれで数百年に一度、魔王族が全員そろって食事会をすることはあるけれど、その時くらいしか大魔王城には来ないはずだ。
「最近はアザゼル様の出入りも多く……。なにか、大きなことが起こるのでしょうか?」
「う~ん。正直わからないわね。ほら私、ニートだから」
おどけてみせると、スティカさんはわずかにだけど、がっかりしたような表情を浮かべた。
「ノワエ様のような、お優しい方が大魔王であればいいのに……と、日々思います」
私がいま一番触れられたくない部分を、スティカさんは無自覚に突いてくる。
それは、普段の彼女なら絶対に言わないはずの、胸の奥にため込んできた本音だ。
だからこそ、今の私には重すぎる言葉だった。
「……それ、言っちゃって大丈夫?」
「失礼いたしました。ご放念いただけますでしょうか」
「もちろんよ」
私が無理やり作った笑顔を向けたその時――廊下から、瓶の割れる大きな音が響いた。
スティカさんが反射的に走り出す。私もそのあとを追う。
二つ角を曲がったところで、メイドが二人、顔面蒼白のままへたり込んでいた。
その周囲には、悪趣味な黒と赤の壺……だったものの破片が散乱している。
「なんだこれは!!」
音を聞きつけたのか、それとも偶然近くにいただけなのか――運悪く、父さんとアザゼル兄さんがやってきた。
惨状を見るや否や、兄さんの顔がわかりやすく真っ赤になり、その場の空気が一変する。
(ま、助けておくか……)
初めて会ったこの二人を助ける義理はない。けれど、見捨てるのも気分が悪い。
私はスティカさんの前に出て、深く頭を下げた。
「アザゼル様、申し訳ありません。私が壺に当たり、落としてしまったのです」
「ノワエ、犯人は貴様か!!」
どう見ても、瓦礫の傍で震えているメイドが壊したとわかるはずなのに、本気で私が壊したと思ったらしい。
兄さんの怒りは、迷うことなくこちらに向いた。
こういう時、兄さんがすぐ怒る性格でよかったと思う。
「アザゼル。客人を呼び捨てするとはどういうことだ」
「は? ……も、申し訳ありません、父様」
数舜考えたあと、兄さんが慌てて頭を下げる。
城の中とはいえ、どこで誰が聞いているかわからない。だから私は、魔王族であることを隠し、父さんの“重要来客”という扱いになっている。
次期大魔王の兄さんとはいえ、重要来客の私に剣を向けるなんてことは、絶対に許されない。
兄さんがしぶしぶ剣を下ろすと、今度は父さんが前に出てくる。
その瞬間、私の後ろでメイド二人が小さく息をのむ気配がした。
「ノワエ殿、貴公がいくら重要な来客と言えども、あまり暴れられると私も剣を抜かねばならぬ。注意されたし」
「誠に申し訳ございません、大魔王様。以後、細心の注意を払いますわ」
「わかっていただければよろしい。行くぞ、アザゼル」
「かしこまりました」
兄さんは去り際に、私を強く睨んでから父さんについて行く。
その背中が見えなくなったところで、張りつめていた空気がようやくほどけた。
「ありがとうございます、ノワエ様」
場に静けさが戻ると、スティカさんとメイドたちがそろって頭を下げる。
「かまわないわ。私が壊したことにした方が話が早そうだったし。でも二人とも、これからは気を付けてね」
「はい!」
笑顔と一緒に、張りつめていた涙がはじけた。
――その素敵な笑顔を、もう見られないかもしれないと思うと、少し胸が痛んだ。
「じゃあスティカさん、後片付けはお願いね」
「かしこまりました。この度は、誠にありがとうございます」
「いいっていいって。じゃあね」
何度も頭を下げさせるのも申し訳ないので、私は足早にその場を離れた。
良いことをしたはずなのに、どこか沈んだ気持ちが胸の奥に残る。
(得た情報でも整理するか……)
スティカさんから得たのは、アザゼル兄さんが頻繁に呼び出されていること。
それに、他の兄姉たちも一度は呼び出されているという話だ。
詳しいことはわからないけれど、なにか大きなことを考えているのは間違いない。
あとは、その“なにか”の糸口を見つけるだけだ。
(カーラが何か情報を握ってたりしないかしら……)
身バレの進捗も気になる。
それに、せっかく身なりを整えて外出したのだから、行けるところは回っておきたい。
次の行き先が決まると、出口が見えてきた。
(……う~ん。気持ちいい天気ね。……よし、じゃあ行くか)
胸の奥の重さが少しだけほどけた私は、カーラの家を目指した。




