13-1 大魔王アウレオールス
(あ~、めんどくさ……)
総会の報告をするために、今日は数十年ぶりに大魔王城へやって来た。
その名のとおり、大魔王である父さんが住む城で、魔界の中心地でもある。
城下町は今日も人であふれていた。
どの領地よりも活気があって、歩くだけで熱気が伝わってくる。
けれど、その賑わいとは裏腹に、みんな妙に周りを気にしているというか、どこか空気が張りつめている気がする。
何度も訪れているけれど、この街の独特の空気には、どうにも慣れない。
そんな街並みを抜けて、城の入り口ではいつものように身体検査を受ける。
色欲領のゆるい検査とは違い、ここでは持ち物を一つ残らず確認される。
魔王族だとバレる心配はない……はずなんだけど、こうして全身を調べられていると、どうしても肩に力が入ってしまう。
五分ほどしてようやく検査が終わり、黒い大きな扉をくぐって城の中へ入った。
(相変わらず、悪趣味ね……)
赤い絨毯が敷き詰められた廊下には窓が一つもなく、壁も天井も黒一色だ。
暗闇を照らしているのは、純金で作られた、どう見ても悪趣味な形のランタンだけ。
その光に照らされて、無駄にお金のかかった調度品がぼんやりと浮かび上がっている。
名工の壺も、はるか昔の名画も、こんな暗がりに置かれてしまえば美しさなんて分からない。価値の半分は捨てているようなものだ。
肌に陰鬱な空気が腕にまとわりついた気がして、思わず手で払ってから謁見の間へと足を進めた。
「遅いぞノワエ!!」
まるでダンジョンみたいな城の中を歩くこと五分。
謁見の間の前で待っていたのは、憤怒領を治めるアザゼル兄さんだ。
まだ時間に余裕はあるはずなのに、私の姿を見つけるなり怒鳴りつけてくる。
「兄さん、どうしたんです?」
「お前が来ると聞いてな。粗相がないよう、こうして待っていたのだ」
「……ありがとうございます」
父さん一人でも十分なのに、面倒くさい相手がもう一人増えた。
「もう一度言っておくが、決して粗相がないようにな!」
(言われなくてもわかってるって……)
心の中で悪態をつきながら、兄さんに続いて謁見の間へ入った。
暗闇の奥、一段高い場所にある玉座には、父さん――大魔王アウレオールスが堂々と座っていた。
鋭く、どこか冷徹な眼差しが、入ってきた私をまっすぐ捉える。
父さんは、いついかなる時でも戦えるように、常に黒を基調とした軍服を着ている。
肩や胸に施された金の装飾が、ぼんやりとしたランタンの光を受けて鈍く光り、その佇まいと相まって静かな威厳を漂わせていた。
こういう、いかにも大魔王って感じがするところは、正直嫌いじゃない。……実力が伴っていないのが残念だけど。
「父さん、ご報告に上がりました」
「どうだった?」
「とくに報告するようなことは何も。いつも通り、平和ボケした会議でしたよ」
そう前置きして、それらしく報告を始める。
本当は、魔界にとっても、父さんにとっても、そして私にとっても重要な話し合いがあった。
でも、それだけは絶対に言わない。もし漏らせば、もっと悪い結末になる。
父さんは真剣な表情で耳を傾けているけれど、内容に興味があるわけじゃない。私が嘘をついていないかを見ているだけだ。
でも見抜かれる心配はない。意図的に話していないことがあるだけで、嘘は一つもついていないのだから。
私が報告を終えると、父さんは予想通り、「そうか」と短くつぶやいただけだった。
「それよりもノワエ。最近、裏社会でお前の素性を探っている者がいるようだ」
「父様、それは本当ですか!? ノワエ!! 父様の顔に泥を塗るなと、あれほど言っただろう!!」
そう叫ぶなり、兄さんは剣を抜いた。相変わらず沸点が低い。
「待て、アザゼル。……ノワエよ。魔王族だとバレたら、お前を処刑する。その言葉は覚えているな」
「はい。覚えております」
「ならば、近辺には十分注意しろ」
「父様、それでは不十分です! 裏社会で調査が進めば、魔王族とバレるのは必定! 今すぐ処刑すべきです!!」
「……アザゼル、剣を収めろ」
父さんの低い声に、兄さんはぴたりと動きを止めた。
私でも背筋がぞくりとするほどだ。圧倒的に格下の兄さんが固まるのは、無理もない。
「ときにノワエよ。先日、カーラと共闘したそうではないか」
(あれだけ街中で派手にやれば、そりゃ父さんの耳にも入るか……)
私が何も言わないのを肯定と取ったのか、父さんは話を続けた。
「聞いた話では、お前は補助魔法に長けているとか」
「そ、そうなのですか!? ノワエ、お前そんな大事なことをなぜ言わなかった!!」
「え~っと……。攻撃魔法は得意ではないので、父さんたちに伝える内容ではないと思いまして」
兄さんがさらに口を開こうとしたところを、父さんが手で制した。
その口元には、いやらしい笑みが浮かんでいる。面倒なことになりそうだ。
「その魔法、アザゼルに使ってみろ」
「と、父様、このような出来損ないの魔法など……」
「早くしろ」
ほら、面倒なことになった。
でも逆らうわけにもいかず、私はしぶしぶ、アザゼル兄さんに強化魔法をかける。
兄さんは体の内側に力が満ちるのを感じ取ったのか、驚いたように目を見開いた。
それを見て、父さんがにやりと笑い、剣を抜く。
「うむ……。アザゼル、斬りかかってこい」
「し、しかし……」
「強化魔法を使った程度のお前に負けると思っているのか?」
「いえ、とんでもございません。では――参ります!!」
兄さんが斬りかかる。
その踏み込みは、先日私に向けてきたものとは比べものにならない。空気が裂けるような速さと、床石をえぐるほどの重さが乗っていた。
金属がぶつかる鋭い音が響き、視界がわずかに揺れる。
そんな狂気じみた一撃を、父さんは涼しい顔のまま、抜いた剣で軽々と受け止めていた。
「うむ。なかなかの威力だ」
父さんが軽く押し返すと、兄さんは勢いを殺しきれず、無様に地面を転がった。
父さんはそれを見て剣を収め、私の方へと振り返った。
「ノワエ、お前にアザゼルの側近を務める栄誉をやろう」
「は?」
予想だにしない言葉に、思わず素の返事が漏れた。
それは兄さんも同じで、起き上がることもせず、呆然と父さんを見つめている。
「お前も知っての通り、アザゼルは大魔王としては、少し力量が足りない」
少しじゃなくて、遠く及ばない。だけどね。と心の中でそっと訂正しておく。
「だが、お前の補助魔法があれば、大魔王として十分な力を持つだろう」
「と、父様。こんな出来損ないの妹の魔法などなくても、私は大魔王としての力をつけてみせます!」
父さんが、兄さんをギロリと睨む。
「アザゼル、その言葉に相違ないな?」
「も、もちろんでござます!」
(兄さん、またできもしない約束をして……)
心の中で一つため息を吐く。
……とはいえ、私も兄さんと一緒に暮らすなんて御免なので、拒否してくれた方が正直ありがたい。
「……そこまで言うのなら、いったん見送るとしよう。だがアザゼル、万が一の場合はノワエをお前の側近に着ける。いいな」
「かしこまりました。父様のご期待に必ず添います」
「ではノワエ、また用事があったら呼び出す。それまでは身元が露見せぬよう、大人しくしていろ」
「かしこまりました」
兄さんは何か言いたそうに口を開いたが、結局、言葉にはならなかった。
(何か言い出す前に、さっさと帰りましょう)
私は形だけの礼をして、足早に謁見の間を後にした。




