12-6 向き合うべき時
「はぁ~。楽しかったぁ~」
ルルカが魔界の空気を胸いっぱいに吸い込み、大きく伸びをする。
はち切れんばかりの胸も、これでもかと言わんばかりに大きく揺れ動いた。まだまだ元気なようだ。少し羨ましい。
「楽しめたようで何よりよ。私は疲れたわ……」
総会ではずっと気が張りつめていたせいで、今になって疲れがどっと押し寄せてきた。
私もルルカに倣って伸びをすると、体のあちこちからぽきぽきと音が鳴った。
気はだいぶ晴れているけれども、体は重たい。
「でも、初日よりもいい顔してるよ」
「そうね……。いいことがあったから」
ムースもアンスリュームも、私の味方でいてくれる。それにコンサンシュだって、あの案を心から望んでいるわけじゃないだろう。
ヴァルハルトはよくわからないが、あいつは地獄――というより自分の業務に影響がなければ、それでいいというタイプだ。
「あ。でも、明日父さんに報告に行かないといけないのか……」
そのことを思い出した瞬間、軽くなっていた気持ちまで、またずしりと重くなった。
馴染みの森を抜けて視界が開けると、宵闇に溶け込むように愛しの洋館がぽつんと佇んでいた。
軒先には、ディースがこちらを向いて立っている。どうやら帰りを待っていてくれたらしい。
「ノワエ様、お帰りなさいませ。お荷物をお預かりします」
「ただいま、ディース」
私が荷物を渡そうとしたところで、ルルカが「ちょっと待った」と手を伸ばして制した。
思わず視線を向けると、ルルカは自分の荷物を漁り、やさぐれたクマのぬいぐるみを取り出した。
「はい、これディースへのお土産。このキャラクター、天界で流行ってるらしいよ」
いぶかしげな表情でそれを受け取ったディースだったが、すぐに、滅多に見せない柔らかな笑みが浮かんだ。
「ようやく流行ったんですか、コイツ」
そう呟きながら、クマのぬいぐるみに万歳のポーズをさせる。
「……レシェナが好きでしたね。限定品を買うのに、よく付き合わされました」
――レシェナ。
ディースの口から、初めて聞く名前がこぼれた。
彼女の過去について、私は断片的にしか知らない。ディースも語ろうとしないし、私も無理に聞き出そうとはしてこなかった。
やはり、そろそろ向き合うべきなのかもしれない。そんな思いが胸に浮かび、口を開けたそのとき――
「ねぇねぇディース、気に入ってくれた?」
ルルカの言葉が先に響いた。
「……ありがとう、ルルカ。とても気に入ったわ。荷物を置いてきたら、こっちを手伝って」
「りょ~かいっ!」
ルルカは勢いよく自室へ駆けていった。
「ノワエ様、紅茶をご用意いたします。食堂へどうぞ」
「……えらく嬉しそうじゃない」
「そう見えますか?」
「そう見えるし、私物を抱いて私の案内をするなんて、普段は絶対にやらないじゃない」
「……失礼いたしました。少し浮かれていたようです」
「いいんじゃない。たまには」
天界の話をしたり、物を持って帰ってきたりするのは、ディースを傷つけるんじゃないかと、ずっと敬遠していた。
でも、今のディースを見ると、もう気持ちに整理がついたのかもしれない。
(いつかは、ちゃんと向き合って話した方がいいわよね……)
席に座り、そんなことを考える。
「お待たせいたしました」
その言葉に反して、すぐに出てきた紅茶を一口いただく。
いつもよりも爽やかで、さっぱりとした味わいだ。
なんとなく、ディースの機嫌の良さがそのまま味に出ている気がした。
「ディース! 私は何をしたらいい?」
ルルカがいつものように顔をのぞかせる。
「お風呂の準備をお願いします」
「りょ~かいっ!」
ひと息つく気配もなく、すぐに仕事を始めるルルカ。
その元気な動きに、ようやく日常が戻ってきたという実感が湧いてくる。
「ディース」
「はい」
「今日、一緒にお風呂に入らない? 天界のこと、ルルカが饒舌に話してくれるわよ」
「……では、失礼いたします」
ディースが、伏し目がちにそう言った。
この幸せな生活が、いつまで続くのか――正直、分からない。
(仮に壊れるとしても、私はこの二人が無事であればそれでいいわ……)
そのために、私は最善を尽くせばいい。
心の中で、静かにそう誓った。




