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12-5 本当に嫌なことなのか

(いったい何の話やら……)


 三日間の総会が終わり、荷造りも済ませたあと、私とルルカは会議室に呼び出された。

 私だけなら内容は察せるが、ルルカまで一緒というのが解せない。面倒なことにならなければいいけれど……と思いながら会議室に入る。


 中にはコンサンシュとローナさんが待っていた。


 雰囲気は……悪くはなさそうだが、今はルルカがいる。少し警戒しつつ腰を下ろす。


「わざわざ足を運んでもらい、すまないな、ノワエ、ルルカ」

「いや、別にいいけど……何の話?」

「大丈夫だ。初日と違って敵対するような話ではない」


 そう言って、コンサンシュは豪快に笑った。


「ではローナ、説明を頼む」

「ルルカさん。ノワエさんの命令とはいえ、三日間も働いていただいたのに、何もなしでお帰りいただくわけにはいきません。ということで、この後は天界の観光に行きませんか?」


 横を見ると、ルルカが期待に満ちた目でこちらを見ていた。尻尾でも生えていたら、ぶんぶん振っているだろう。


「行きたいのは山々だけど……父さんにはなんて言うつもりなの?」


 父さんからは、総会が終わったらすぐ帰ってくるよう厳命されている。

 私が天界の連中とつるんで、反乱でも起こすんじゃないかと疑っているらしい。自分で代理出席を命じておいて、それはないだろうと思う。


「私の方からアウレオールスに言っておく。先日の件で追加の確認が出たので、少し残らせるとな」


 コンサンシュが直々に言うのであれば、疑いはするかもしれないけど、さすがに事を起こすことはないだろう。


「コンサンシュはいいの? 父さんに嘘を吐くわけだし……」

「私の今の立場はアウレオールスの臣下ではなく、総会長だからな。協会が今後も上手く回るよう、嘘を吐くのはやぶさかではない」

「じゃあ……お言葉に甘えて行きましょうか。私も買いたいものがあるし」

「ノワエ様が買う物なんてあるの?」

「魔界と比べて天界は水晶が安いのよ。魔法の研究用に買いだめしておきたいの」


 魔法の研究がライフワークの私にとって、水晶はいくらあっても困らない。

 実験に使ったり、開発した魔法を一時的に保存したりと用途は多く、壊してしまうことも多々あるので、とにかく数が必要だ。

 だから、機会があれば買えるだけ買っておくようにしている。


「それでは、さっそく向かいましょうか」


 ローナさんに連れられて、協会の本館へ戻る。

 三日ぶりに見る本館の受付で荷物を預けていると、後ろからムースとアンスリュームがやってきた。


「おっすノワエ。これから帰るの?」

「いえ、コンサンシュの計らいで、ローナさんと一緒に観光することになったわ」

「いいねー。私たちもついて行っちゃおうかな」

「公務はいいの?」

「今日は夜までお休みだから大丈夫! ローナさん、私たちもついて行っていいよね?」

「もちろんです」

「やったぁ~! じゃあ私たちの荷物も預けて……あ、そうだノワエ」


 ムースが振り返る。いつもの笑顔だけど、その瞳にはどこか真剣さが宿っていた。


「せっかく時間があるなら、町に行く前に二人っきりで話せない?」

「え……?」


 ムースに“二人っきり”なんて言われたのは初めてで、胸がわずかにざわめいた。

 戸惑いが声に出てしまい、情けない返事になってしまった。


 誤魔化すようにルルカの方を見ると、彼女は笑顔でこくりと頷いた。


「ルルカちゃんは、ローナがいれば天界を歩くのは怖くないよ」

「……わかったわ。じゃあローナさん、ルルカをお願いするわ」

「はい、任されました。では二人で行ってまいりますね」

「ごめんね、ローナさん。私たちもすぐに追いかけるから」

「かしこまりました。みなさま、お気をつけてお越しください」


 そうして、ルルカとローナさんと別れた。


 私とムース、そしてアンスリュームの三人は本館の奥へ向かった。

 案内されたのは、前にルルカと一緒に来た談話室だ。


「アンスリュームは外で待っといて」

「……そんなに大事な話なのか?」

「うん。ノワエとサシで話さないといけない内容だから」

「……分かった」


 どうやら、いつも一緒にいるアンスリュームにも聞かれたくないことらしい。


 そんなことを言われるのも初めてで、少しだけ緊張しながら、私とムースだけが談話室に入る。


「はじめてじゃない。あんたのそばにアンスリュームがいないのは」

「そう言われてみれば、そうかも」

「本当に大丈夫? 今目の前にいるのは魔界最強の女だけど」

「ははっ。自分が面倒になるようなことを、ノワエがやるわけないっしょ。そこは信用してるって」


 読まれていたか。もちろん、ムースに手を出すつもり微塵もない。


「それで、改めてこんなところに呼び出して、何の用?」

「大魔王の話だよ。ノワエが悩んでないか気になって」

「……私らしくないけど、正直、悩んでるわね。どうしたらいいのか見当がつかないわ」


 ディースの件は、アンスリュームやルルカのおかげでだいぶ気が晴れた。

 けれど、コンサンシュが言った“私が大魔王にふさわしい”という言葉は、まだ胸の奥で揺れ続けている。


 あの時の光景を思い出すと、私たちだけじゃなくて、ローナさんも驚いた顔をしていた。

 だからきっと、あれはコンサンシュの独断で、本心から出た言葉なのだろう。


「ノワエ。……私は、嫌なんだったら、大魔王をする必要はないと思ってる」

「私もやりたいとは思っていないわ。……でも、やらなければディースが――」

「天界は、ディースの大魔王代理は認めないよ」


 ムースは力強く、はっきりとそう言い切った。


「私情で決めていいの?」

「私情もたしかにあるけど、最高刑で追放した天使を、代理と言えども魔界の頭に据えるなんて、常識的に考えてあり得ないっしょ」

「まぁ、それもそうか……」

「代理を立てるって案の是非は何とも言えないけど、少なくとも代理は協会から出すのが筋でしょ」

「それ、全く同じ話をアンスリュームともしたわ」

「そっか。とくに示し合わせたわけじゃないんだけどねー」


 ムースは照れくさそうに頬を掻いた。

 さすが自他ともに認めるオシドリ夫婦といったところか。


「といっても、協会も人手不足だから、なかなか出せる人材はいないでしょうね」

「まぁ、そうだろうね。……あと、ノワエの幽閉についても反対するから」


 それについては、私も黙って幽閉されるつもりはない。

 だが、コンサンシュやローナさん、場合によってはヴァルハルト達を傷つけてまで抵抗するのは、正直嫌だ。


「ありがとう。でもコンサンシュ……というより協会の立場もわかるから、幽閉という話になりそうなら、ディースとルルカを連れて異世界に逃げようと思っているわ」

「お、大魔王ノワエの誕生?」

「そうね。その時はその世界を統治しようかしら。と言っても、人間を従えたりするのは嫌だから、知的生命体がいない世界でのんびりしたいわね」

「それじゃ、大魔王じゃないじゃん……」


 ムースが肩をすくめた。「ノワエらしいね」と言いたげなその仕草に、胸の力がふっと抜けて、思わず笑ってしまう。


「そういえばあんたって、昔から私に大魔王をやれとは言わないわよね」


 ムースと一対一で話す機会がほとんどなかった、というのもあるだろう。

 けれど、姉さんやディースからはやんわりと言われたことがあるのに、ムースの口からその手の話題が出たことは一度もない。


「うん。さっきも言ったけど、私は嫌なことはやらなくていいじゃんって考えてるからね~」

「……」


 私にとって、大魔王は本当に“嫌なこと”なのだろうか。

 というより、どうして私は、ここまで頑なに拒んでいるのだろう。


「……ムースは大天使になるとき、どんな気持ちだったの?」

「私は大天使として生まれたから、拒否権はなかったからね~」


 ムースは笑いながらそう言った。


 大天使にしろ、閻魔大王にしろ、大魔王にしろ、基本的にはその職務を全うするために、子供のころから教育を受けて育つ。


 気にしている様子はないが、ムースだってやりたいことや自分で選びたいという願いを、すべて押し殺して生きてきたはずだ。

 好き勝手に生きてきた私にはわからない苦労や悩みが、きっとたくさんあったのだろう。


「でも、私がノワエと同じ境遇だったら、絶対に大天使になるのを拒否してると思う。だって、肉親から“お前は不要だから身を隠せ”って言われて、ず~っと端に追いやられてきたのに、外野が大魔王をやれって……正直あり得ないっしょ」

「……」


 気まぐれで一日だけ遊んだ遊女が孕み、さらにその子供が八番目の魔王族だった。

 父さんにとって、この事実はとんでもない恥だった。


 だから父さんは、私が魔王族であることを絶対に世間に知られるな、と姉さんに厳命した。


 姉さんはそれに加えて、私に力を隠すように言った。

 もし父さんやほかの兄姉たちに、私の圧倒的な力がばれれば、それを隠していた姉さんもろとも粛清されるからだ。


「それにノワエは、私たちがどんなに苦労してるかを知ってるし、自分が苦労する未来もしっかり描けてる。それでもやりたいなんて言う野心家だったら、こうして仲良くはできないっしょ」

「……何というか、あんたって本当によく物事を考えてるわね」

「イヤミ?」

「うん」


 少し顔を見合わせてから、どちらからともなく噴き出した。胸につっかえていたものが、すっと押し流されていく。


「ノワエが思っていたより重症じゃなさそうでよかったよ」

「あら、大天使様が魔族を心配してくれてたの?」

「もちろん。ノワエは大事な親友だしね」


 ――親友、か。


 私が大魔王になったとして、ムースとこの関係を維持できるのだろうか。


「……ムース」

「うん?」

「私が大魔王やるって言って、その結果、天界を攻めたらどうする?」


 冗談みたいな質問だが、私は真剣に聞いている。

 ムースもそれを察したのか、一瞬だけ深く考え、それからふっと笑顔になった。


「わが身を振り返るかな。ノワエがその選択をするって、よっぽどこっちが間違ってるときじゃない?」

「……そうかしら? 私が力に身を任せてやるかもしれないわよ」

「それはない。ただ、お互い譲れない状況ってのは、あるかもしれないよね~。その時はさ、とりあえずゆっくり話をすればいいじゃん」

「それもそうね。その時は私が直々に会いに行ってやるわ」

「ははっ。よろしく! また何かあったらさ、連絡してくれていいよ。こうして息抜きして話せる相手って、ノワエくらいしかいないし」

「あら、愛しのアンスリュームは?」

「距離が近すぎると言えないことってのも、多々あるんだって」


 ディースのことがふと頭をよぎる。

 彼女の過去を、私は人づてにしか聞いたことがない。

 私だって、なんでも話しているように見えて、実は話していないこともたくさんある。


(秘密裏に進めてもよかったのよね……)


 コンサンシュだってそうだ。ヴァルハルトが大魔王を兼務する話は裏で進めていたのに、ディースと私のことは、総会の場で明かした。

 彼は、私に決断する時間をくれたのだ。


 ――少なくとも、私の敵ではない。そう思えた。


「ムース、私に何かあったら、ディースをお願いできる?」


 ムースはきょとんと目を丸くし、次に少しだけ悲しそうな顔をして、それから真剣な表情になった。


「本当は魔界の誰かに頼むのが筋なんだろうけど、そうすれば頼まれた人に迷惑がかかる。でもあんたなら、魔界の事情は関係なく、ディースを助けられる。だから、お願い」

「いいよ。大天使の権限を悪用することになっても……私がディースを引き取るよ」

「ありがとう、ムース。……気が楽になったわ」

「それなら時間を取ったかいがあったよ。じゃあ、ローナさんたちと合流しよっか」

「ええ」


 進むべき道は、まだぼんやりとしか見えていない。それでも、歩き出せる気がした。


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