12-4 悩みの大きさは、姉さんの浮気と同じくらい
アンスリュームと別れてしばらく、ディースのことを考えながらお酒を飲んでいたが、ついに空になった。
面倒だが取りに行くか――そう思ったところで、ちょうどルルカがお酒を持ってやってきた。
「ノワエ様、なんかあったの? ずっと難しい顔してたけど」
「……深い悩みがあるのよ」
ルルカから新しい一升瓶を受け取り、グイッと流し込む。
ルルカに話せば楽にはなる。けれど、今度はルルカがいらない気を遣うことになる。
それに、ディースの処遇だってまだ決まったわけじゃない。
「ふ~ん。ルルカちゃん、聞いてあげようか? さっきもヴァルハルト様とコンサンシュ様の悩みも聞いてたし」
「そういえばあの二人につかまってたわね……」
「いっぱいお酒を開けたよ」
「……ここはそういう店じゃないわよ」
深いため息を吐く。
視線を向けると、二人はまだ飲んでいた。ヴァルハルトはいつもの通り顔色一つ変わらないが、コンサンシュの方はかなり赤い。大丈夫だろうか。
「で、ノワエ様は大丈夫? ルルカちゃんのお世話はいらない?」
「じゃあ……一つ質問。私、どんな顔をしてたの?」
ルルカが腕を組んで悩む。
しばらく考えたあと、何か思いついたようにポン、と手を叩いた。
「イレアナ様と知らない女が歩いているのを見たときみたいな顔してたね」
その言葉に、思わず噴き出してしまう。
私の悩みは、日常的に行われている姉さんの浮気と同じくらいなのか。そう思うと、大したことじゃない気がしてきた。
ひとしきり笑い終えると、ルルカがキョトンとした顔でこちらを見ていた。
私が笑っていた理由は本気で分かっていないみたいだけど、調子が少し戻ったことだけは分かったらしい。すぐに、いつもの笑顔に戻った。
「元気になったみたいでよかったよ」
「ええ、ありがとうね。……で、後ろにいる子は?」
ルルカの後ろで隠れるようにこちらをうかがっていた女の子が、そろそろと前に出てきて、勢いよく頭を下げた。
「は、初めまして。わ、私、エルンテと申します! 今回の総会ではルルカさんと一緒に行動させていただいております。よ、よろしくお願いいたします!!」
「顔を上げて。こちらこそよろしくね」
とても緊張しているようで表情は硬いけれど、大きく整った瞳と、控えめながら綺麗にまとまった顔立ちは、上品で純真な印象を与える。
頭には大きな赤いリボンがあしらわれたカチューシャを着けており、少女らしい可愛らしさと華やかさを添えている。
――そして何より目を引くのが、その髪だ。
身長の二倍ほどの長さがある暗い茶色の髪は、地面に触れる直前でゆるく弧を描き、そのまま空へ向かって持ち上がっている。
その髪先が、私の視線に反応したようにゆらりと揺れた。
驚く私に、ルルカが得意げに笑った。
「ノワエ様、すごいでしょ。エルンテって、髪の毛を動かせるんだよ」
「え? マジで? すごいわね……」
近づいて髪に触れると、シャンプーのいい匂いがふわりと鼻をくすぐった。
手触りは私の髪と何も変わらない、ただの毛だ。
「大魔王様、失礼いたします」
エルンテは少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら、髪の毛でそっと私の手を握った。
本当に、自分の意志で動かせるらしい。
「これ、本当にすごいわね……。魔法で動かしてるの?」
「いえ……特殊体質です。髪の毛を、ある程度の束ですが、動かせるんです」
「特殊体質なのかぁ……。魔法なら教えてもらいたかったんだけど、残念ね」
「……ノワエ様、髪の毛を動かせるようにして、どうするの?」
ルルカが首をかしげながら質問してくる。
「単純に手が増えるのと同じなんだから、戦闘がめちゃくちゃ有利になるわよ」
「なんでいつも戦闘に結び付くのさ……」
ルルカは呆れたように肩をすくめ、わざとらしくため息をついたあと、「ま、ノワエ様らしいけどね」と言って笑った。
「エルンテ。ルルカはしっかりと働いている?」
「は、はい! それはもう、魔王の如くです!」
エルンテが首を縦に振ると、それに合わせて髪先も小さくお辞儀をした。
「その、ルルカさんすごく優秀で、私たち本当に助かってるんです。協会外の、それも初めての方と一緒に作業するって決まったときは……その、正直不安だったんですが、ルルカさん、私みたいな天使にもすごく優しいですし、物覚えも良くて、作業も私より数段うまくこなしますし、私なんかの指示もちゃんと聞いてくれますし……」
勢いよく言葉を並べていたエルンテは、はっとしたように口をつぐみ、慌てて頭を下げた。
「申し訳ありません。急にこんなに話してしまって」
「いえ、ルルカが役に立っているみたいでよかったわ。ルルカ、私の顔に泥を塗らないよう、引き続き頑張りなさいよ」
「ノワエ様の顔はもう泥まみれだからいいけど、自分の誇りにかけて完璧にこなしてみせるよ」
「……相変わらず一言多いわね」
「大丈夫だよノワエ様。ルルカちゃんは泥まみれな主の方が、お世話のしがいがあって好きだから」
「私が言うのもなんだけど、やっぱり物好きねぇ……」
私たちのやり取りを、エルンテはじっと見つめていた。
「どうしたの?」
「あ、いえ……その、ちょっと羨ましいんです。主の方と、こんなふうに距離を詰めて話せるのは……。私、あまり話すのが得意ではないので……」
「羨ましがるだけにしておいた方がいいと思うわよ。この距離感が許されるの、かなり一部だけだし」
給仕者が主にため口で話していい職場なんて、天界でもほとんどないだろう。
「あ、そうだ。私、今日からみんなと同じ部屋で寝ることになったから。ノワエ様と一緒には寝られなくなっちゃった」
「かまわないわ。他のみんなに粗相のないようにね」
「もちろん。じゃあ私たちは仕事があるから」
「大魔王様、失礼いたします」
ルルカの軽い挨拶とは対照的に、エルンテは深々と頭を下げた。
二人は仲良く、テーブルに残ったお皿を片づけ始めた。
(それにしても、私の悩みは姉さんの浮気くらいなのか……)
もっと深刻に悩んでいるつもりだったけれど、はたから見れば大したことではないらしい。
であれば、たぶん本当に大したことじゃないのだろう。
ルルカのおかげで、だいぶ気が楽になった。
(……せっかくなら、煽りに行ってやるか)
口喧嘩をしたから気まずくて近づかないなんて、私らしくない。売られた喧嘩は勝ってこそ魔王だ。
私は一升瓶を片手に、コンサンシュの元へ向かった……。




