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7-3 裏社会に足を突っ込む

 真夏の日中を歩き続け、夕方には隣町に着いた。

 ここも立派な色欲領内だ。やたらと触ってくる淫魔たちの検問と、多すぎる客引きを抜けて、指定された酒場に入る。

 

 表通りに面している店にしては少し狭いが、積極的に客引きをしているだけあって、早い時間だというのに中は大変賑わっていた。

 その熱気の中を、きわどい服を着た淫魔の店員たちが忙しそうに歩き回っている。

 奥にはお立ち台もあり、あそこで淫魔たちが客を魅了するのだろう。

 

 指定されたカウンター席に座る。

 目線だけで辺りを見渡すが、とくに死角になるような場所でもないし、横には別の魔族が座っている。一見すると普通の席だ。

 

「お客さん、注文は決まったかい?」

 

 ふくよかな男の店員が声をかけてくる。

 先ほどは淫魔に目がいって気づかなかったが、男の店員も数人いる。

 

 私はカーラにもらったメモの通り、淡々と注文と食事をこなしていく。

 

 ときどき、殺気立った視線を感じるが、しばらくすると消える。

 私は魔力を誤認させる魔法を使っているから、はたから見れば村娘が飲みに来ているだけだ。まさか私が裏を探っているとは思わないだろう。

 

 思ったよりも美味しい料理を食べ終え、ひと息ついたところでイチゴパフェが運ばれてくる。

 下に向けられたスプーンのくぼみに、小さく折りたたまれた紙が置かれていた。

 素早く、最小限の動きでそれを回収し、料理を運んできたふくよかな店員に視線を向けると、もう別の席のオーダーを受けていた。

 

 早く目を通したいが、この場で紙を広げるわけにもいかない。それに、まずは目の前の美味しそうなイチゴパフェをいただかなければならない。

 

(このイチゴ、かなり甘いわ)

 

 生クリームとの相性や、スポンジの食感も絶妙だ。思わず笑みが浮かぶ。

 

 パフェを平らげた後は、幸福感に包まれて自然とのんびりしてしまった。ふと我に返り、適当な店員を捕まえて会計を済ませる。

 夜のお誘いは丁重にお断りして、酒場を後にする。

 

 パフェを食べたときの自然体が良かったのか、つけてくる者はいない。

 それでも念には念を入れて、近くの出店に寄ってこれまた美味しそうなワッフルを買い、近くの公園で無防備に食べる。今の私は、誰から見ても買い食いを楽しむ普通の魔族だ。

 

 しっかりと視線がないことを確認してから、渡された紙を開く。

 一見ただの白紙に見えるが、指先に魔力を流し込むと淡い光が走り、製造拠点までの詳細な地図が浮かび上がった。

 

(じゃあ、行くかー)

 

 勧誘が鬱陶しいので大通りからは早々に外れ、不気味な静けさの漂う裏通りを歩く。

 まだ夜も早い時間だというのに、勢いよく飲みすぎたのか、道端で座り込んでいる魔族たちが何人もいる。

 

 五分ほど進んでから、さらに細い道へ入る。向こうから誰かが来たら、互いに壁に体を張り付けないとすれ違えないほどの狭さだ。

 

 右へ左へと角を曲がり、月の光すら届かない真っ暗な道を進む。

 目的地が近づくにつれ、足音が響かないよう、自然と歩幅が小さくなる。

 たどり着いたのは、薄汚れた倉庫のような建物だった。風に揺れる扉が、かすかに軋む音を立てている。

 

(さて、と)

 

 探知魔法を使うと、扉の向こうには二十人ほどの魔族がいる。その中には、偽装硬貨を落とした男の魔力もあった。

 他の者に悟られないよう、探知妨害と防壁の魔法を静かに展開し、周囲を封じる。これで準備は整った。

 

 私は、魔法で厳重に施錠された扉を蹴り飛ばし、枠ごと吹き飛ばす。

 

 部屋の中央には、椅子にふんぞり返った男と、その周囲を取り囲むように立つ三人の男がいた。全員が驚いた顔でこちらを見ている。

 一拍置いてから、椅子に座っているふくよかな男が声を上げた。

 

「な、なんだお前は!?」

「すみません、道に迷ってしまいまして……」

「なんだ、嬢ちゃん迷子か……って、んなわけあるか!! 野郎ども、やれ!!」

「あら、いいノリツッコミじゃない。嫌いじゃないわよ」

 

 取り巻きの男たちが襲い掛かってくるが、よくて中級魔族程度の力しかないこいつらの攻撃なんて、私にはコマ送りにしか見えない。

 最初に飛びかかってきた偽装硬貨の男は顎に一発。二人目はハイキックでこめかみを、三人目は足払いからの踏みつけで沈める。

 

「あ、あああ……」

 

 ふくよかな男が立ち上がり、一歩後ろへ下がる。

 震えてはいるが、上級魔族くらいの戦闘能力はあるようだ。

 

「お、俺を誰だと思っているんだ!! 俺は四神会白虎組の幹部だぞ。俺に手を出せばお前は確実に殺されるぞ!!」

「あ、そうなのね。でも残念でした。あなたも裏家業しているのなら、破壊と殺戮の女帝って……当然知ってるわよね?」

「か、……お、お前、カーラなのか?」

「は~い。カーラちゃんでぇ~す」

 

 魔法で黒い髪と瞳を赤く染め上げる。

 カーラは名前こそ有名だが、容姿に関しては“血のような赤い髪と瞳”という情報しかない。だから、噂に見合った実力と赤い容姿さえあれば、だいたい騙せる。

 

「さて、自己紹介も済んだところで。この町に他に拠点がないか、教えてくれないかなぁ~?」

 

 本人が見たら絶対にブチギレるような甘ったるい声を出しながら、ボスと思われる男に迫る。

 

「く、くそ……俺も魔神族の端くれだ!! 正々堂々ぶっ殺してやる!!」

 

 襲い掛かってくる男だが、戦闘経験が浅いのか、先ほどの連中よりも動きが鈍い。

 高貴なはずの魔神族がこの程度なのかと思いながら、みぞおちに一発。それだけで男は蹲ってしまう。

 

「わ、わかった。い、言う! 言うから命だけは助けてくれ!!」

 

 本当に魔神族の面汚しだと呆れつつ、教えられた本棚の赤い表紙の本を手に取る。

 拠点の一覧が書かれているらしいが、明らかに魔法で何か仕込んである。

 ため息をひとつ吐いてから、本を開く。

 

 ――刹那、仕掛けが弾けて強力な毒が散布された。

 

 虹色の粉がキラキラと辺りを舞う。せっかくの罠なので堪能するかと考え、すべて一息で吸い込む。

 

 しばらく待ってみるが、何も起きない。

 幼いころから毒殺対策として、ディースに毒を飲まされ続けてきたから、この程度の毒は私には効かない。

 

 蹲る男に顔を向けると、絶望した表情でこちらを見ていた。

 

「この本、中身が真っ白なんだけど、どういうこと?」

 

 少し前にローナさんがそうしたように、愛剣を男の顔の前に突き立てる。

 

「ひっ……!! ち、ちがう、間違えただけだっ! あ、青の本だ!!」

 

 青の本には目つぶしの魔法が仕込まれている。

 弱いとはいえ裏社会の幹部なだけある。短い時間で吐かせるのは難しそうだ。

 

「もういいわ。牢獄で徹底的に拷問してもらいなさい」

 

 強い睡眠魔法をかけると、男は抵抗もせずに寝息を立て始めた。

 

(残りの魔族は……あの先か)

 

 奥にはまだ部屋がある。

 私は臆することもなく扉に手をかけ、そのまま押し開けた。

 

 中は薄暗く、よどんだ空気が肌にまとわりつく。

 長いあいだ換気されていないのだろう。埃の匂いが鼻を刺し、思わず小さなくしゃみが漏れた。

 

 視線を奥へ向けると、ボロ布をまとった子供の魔族が壁際で身を寄せ合い、震えていた。

 痩せ細った腕、怯えた瞳。私が動くたびに、息を呑むように肩をすくめる。

 

 暴れられたり騒がれたりしても面倒なので、できるだけ柔らかい声で「もう大丈夫だよ」と告げる。

 子供たちは一瞬だけこちらを見たが、恐怖が勝っているのか、返事をする余裕もない。

 

「はい、おやすみ」

 

 睡眠魔法をそっとかけると、彼らは次々に力を抜き、静かに眠りについた。

 せめて眠っている間くらいは、いい夢が見られるといいね。

 

 机の上には、偽装硬貨を作るための盤が置かれていた。

 かなり精巧にできているが、正式に使われているものとは大きく異なる。

 

(へぇ~。こんな技術があるんだ……)

 

 私はその偽物の盤を念入りに調べる。

 こんな簡易なつくりで、ここまでそっくりな物が作れるのかと感心してしまう。

 

 なぜ私がこんなものに興味を持つかというと、盤も含めて、色欲領の硬貨づくりのほとんどを手がけたからだ。

 一から勉強したので時間はかかったが、出来の良さから相当な儲けになった。

 

(さてと、ほかに脅威はなさそうだし、報告して終わりにしましょう)

 

 私は水晶を取り出し、姉さんを呼び出した。


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