6-5 閻魔大王と酒を飲む
例の異界を攻撃した魔族の裁判のため、私は大魔王である父さんの代理として地獄へ赴いた。
彼は最後まで「魔族はこうあるべきだ」と喚いていたが、無断で異世界に干渉した罪は重い。判決は当然の極刑だった。
これで、この件はようやく一区切りついた。
裁判の後、私は本件の裁判長であり、地獄界を管理する閻魔大王の私室に呼び出された。
「お疲れー」
一升瓶を打ち鳴らし、互いに一気に飲み干す。
向かいに座るのは、閻魔大王ヴァルハルト。私の数少ない親友だ。
明るい茶髪に色黒、耳にはピアス。外見も性格も典型的なチャラ男――そんな彼が地獄を治め、あらゆる世界の生物に恐れられている閻魔大王である。
「相変わらずバケモンみたいな飲み方すんなぁ。ほれ、もう一本いっとけ」
「ありがと」
受け取った一升瓶をそのまま一気に呷る。喉が焼けるように熱いけど、これがたまらない。
「今日も絶好調だな! ほれ、次いくぞ、次!」
「うぃーっす」
もう一本受け取り、また一気に飲む。お腹の底からアルコールが昇り、鼻を抜けて戻ってくる。
地べたに胡坐をかき、酒瓶をラッパ飲みする。ディースがいたら絶対に怒られる飲み方だ。
「いいねぇ~。じゃ、俺もガッといっちゃうぜ」
そう言ってヴァルハルトも一升瓶を一気飲みする。
重罪人の審判や地獄の管理で常に気が張っている彼は、そのストレスを発散するために恐ろしい量の酒を飲む。そして今日は、友人としてそれに付き合う日だ。
ちなみに、お酒が強いのは閻魔大王になる条件の一つらしい。なんでそんなものが必要なのかは知らないけど。
「んで、今日は飲むだけなの?」
「いや、今日は魔界の今後について話し合いてぇんだ」
「はっきりと意思表示しておくけど、興味ありません。あ、枝豆ちょうだい」
大きなため息を吐いたヴァルハルトの横に置かれていた枝豆を、お皿ごと奪い取る。
今、魔界では後継者問題が大きな火種になっている。
というのも、大魔王を務める父アウレオールスはかなりの老齢で、ずいぶん前から引退を考えている。
父さんは後継者に、憤怒領を治めるアザゼル兄さんを推しているが、兄さんは現状、父さんに手も足も出ないほど弱い。
父さんですら歴代でも弱い部類だというのに、それより力のない兄さんが、野心家だらけの魔界を統治できるはずがない。
兄さんが大魔王になれば、魔界中で戦争になるのは目に見えている。
「ちょっとはまじめに考えてくれよ~。アザゼルが大魔王になったら、俺が色々と面倒になるから嫌なんだって、マジで」
「あんたのことなんて知ったこっちゃないわよ」
魔族が死んだ場合、そのほとんどは地獄で最後の審判を受けることになる。
だから、魔界中で戦争なんて起これば、死んだ魔族が雪崩みたいに地獄へ押し寄せてくるわけだ。
そうなれば当然、地獄の労働環境は最悪になる。そしてその不満と怒りの矛先は、地獄を統治する閻魔大王――つまりヴァルハルトに向くのだ。
「歴代でも屈指の実力を持ってるお前が統べてくれた方が、絶対うまく回るんだって。な、頼むわ~」
「いやよ。私はのんびりと暮らしたいの」
「アザゼルが大魔王になったら、あのボロ小屋、潰されるかもしれねーぜ?」
「ボロ小屋とか言わないでよ。歴史のある素敵な洋館って言いなさい。それに、さすがにそんな無駄なことしないと思うわよ」
「いや、力を誇示したくて“魔王を名乗る不届き者の拠点をぶっ潰す”とか普通に言い出しそうだろ? しかもお前のこと、本気で嫌ってるじゃねーか、アイツ」
「兄さんは兄姉全員嫌いよ。自分より弱いやつは死ねばいいって考え方だし」
口を開けば「お前みたいな腑抜けがどうして魔王族なんだ」と怒鳴ってくるアザゼル兄さん。
父さんと同じく“弱い魔族は生きる価値がない”という考え方で、力による魔界の統一を心の底から望んでいる。
「アウレオールスにすら太刀打ちできねーのに、よくそんな生意気なこと言えるよなぁ、マジで」
そんなことを軽く言ってのけるヴァルハルトは、私が本気で戦っても勝てない数少ない相手で、たまに鍛錬に付き合ってもらっている。
「アイツに政治力でも人望でも、な~んか一つでもマシなところがあればなぁ~。それだったら、後ろ盾になってやるんだけど……」
「弱い魔族を見せしめに殺して、なんとか威厳を保ってるような魔王よ? そんなものあるわけないじゃない」
私の言葉に「だよなぁ」とつぶやきながら、頭をぽりぽり掻くヴァルハルト。
「てかさ、ヴァルハルトが大魔王をやったら?」
ふと思いついたことを、冗談で口にしてみた。
するとヴァルハルトはぴたりと動きを止め、ゆっくりと顔を近づけてくる。
誰にも聞こえるはずのない、高度な防音魔法を施した部屋なのに、彼は小声で囁いた。
「……マジでここだけの話だぞ。その案、出てんだ」
「え?」
さっきまでふわふわしていた頭が、一気に覚醒する。
「ほら、閻魔って仕事は、代行立てれんじゃん?」
命は本来それぞれの世界で循環するが、必要ないと判断された命は地獄へ送られ、最後の審判を受ける。
無数の世界から膨大な命が流れ込むため、閻魔大王だけでは裁ききれない。
そこで、大王と同じ権限を持つ“閻魔代行”が設けられ、重大でない案件は代行が判決を下す仕組みになっている。
「だからよ、俺がいなくても地獄は勝手に回んのよ。ま、ずっと空けっぱってわけにもいかねぇから、大魔王と兼務って形になるだろーけどな」
「その話、他の連中は知ってるの?」
「いや、コンサンシュと、ちょろっと話しただけだ」
「あいつら馬鹿でしょ。そんなことになったら兄さんたちどころか、ほとんどの魔族が黙ってないわよ」
魔族――とくに魔王族や魔神族はプライドが高い。
いくら死後に判決を下す閻魔大王を恐れているとはいえ、魔界の領土を奪い取るような形で独立している地獄の王がしゃしゃり出てきて、「次の魔王が弱いので閻魔大王が大魔王を兼務します」なんて話を素直に受け入れるはずがない。
絶対に、戦争になる。
「戦争は起こるだろうな~。でもよ、アザゼルが大魔王になって起こる混乱よりはマシって判断されてんだ。んで、俺も同じ考えなんよ」
「まぁ、言われてみればそうかもしれないけど……」
事実、兄さんの力が足りていないことは広く知れ渡っている。
だから、下克上を狙って戦争の準備を進めている権力者は多い。ごろつきですら爪を研いでいると言われるほどの状況だ。
私よりも強いヴァルハルトなら、絶対的な力でそれらを押さえ込むことができる。
戦争は起こるだろうけど、その規模が小さくなるというのは、わからなくもない。
「――って感じの状況だけど、それでも静観決め込むんスか、ニートさん?」
「もちろん」
「おいおい即答かよ。裏情報まで渡してやったんだし、ちょっとは悩んでくれよ~」
ヴァルハルトがこめかみを押さえた。
「ちなみに私が大魔王になったら、あんたは後ろ盾してくれるの?」
「あったりめーだろ。なんなら協会にも全面協力を約束させるぜ」
「いや、それはダメでしょ」
天魔総括協会は常に中立でなければならない。
まぁ、創立当初からやや天界寄りではあるらしいから、中立を保てているかと言われればかなり怪しいが。
「というか、閻魔が堂々と中立を破ろうとすんな」
「違いねぇな」
けらけらと笑うヴァルハルトにつられて、私も笑った。
その後はこの話題は出ず、いつも通りヴァルハルトの愚痴を聞くターンになった。
(大魔王、か……)
大魔王になった自分を思い描くと、苦痛で面倒くさいはずの仕事の数々を、楽しそうに捌いている姿が浮かぶ。
(いや、いくらなんでも都合よく考えすぎか……)
嫌なことは酒を飲んで忘れるしかない。そう思って、手近にあった一升瓶を空にした。
けれど飲み過ぎで味覚が麻痺しているのか、それとも別の理由なのかはわからないが、最高の銘酒、魔王殺しは水のように喉を通っていった。




