6-4 天界でも騒動に巻き込まれる
ご飯を食べた後は、ルルカのリクエストで町を散策することになった。
魔界のお金すら持っていない私たちが、天界のお金を持っているはずもないので、当然ながらウインドウショッピングだ。
ローナさんが「少しくらいなら奢りますよ」と気を利かせてくれたが、さすがにそれは辞退した。
「それにしても、天界の住所はよくわからないねー」
ルルカが指さす看板には、“東西南北コサイン四丁目" と書かれている。
「これに関しては天使の私も同意です。本当に誰なんですか、こんなわけのわからない名前を採用した天使は……」
天界は大昔から、わざとそうしているのか、地名から場所のイメージがまったく湧かないようになっている。
ちなみに天魔総括協会の本部がある場所の地名は、"禁煙ノ休憩所"だったりする。なお、タバコを吸ってもよいスペースはある。
「逆に魔界は地名的なものが無いんでしたっけ?」
「そうだよ。でも困ることはほとんどないんだよねー」
魔界の町には名前がついていないので、"城から南東に行った町" とか "三本目の通りを右に曲がったところ" といった具合に会話する。
でも、不思議とそれで場所が通じてしまうのだ。
(魔界も天界も、人間界みたいに素直に名前を付ければいいのに……)
そんなことをぼんやり考えながら二人の後ろをついて歩いていると、背後で魔力が急激に凝縮する。
振り向いた瞬間、耳をつんざく爆発音が響き渡る。
爆発のあった場所から二人の男が飛び出し、魔法をぶっ放しながら群衆を蹴散らして、こちらへ一直線に走ってくる。
「ローナさん」
「はい、副会長としてご依頼いたします」
私が言い終える前に、ローナさんは意図を読み取って許可をくれた。
「わかったわ。じゃあルルカをお願い」
「かしこまりました。では私たちは脇に退避しておきます」
ローナさんはルルカを連れて、素早く脇道へと移動した。
「どけ!! 女!!」
何かをしでかしたらしい男たちは、道の真ん中で立ちはだかる私めがけて、光魔法をぶっ放してきた。
私は即座に防御魔法を展開し、正面からその光を受け止める。
「おっと」
魔界なら余裕で捌ける程度の威力だが、ここは天界。私の得意とする闇の魔力が極端に少ないせいで、思ったより力が乗らない。
少し手間取ったものの、光魔法を防ぎきる。
「こっちだ!!」
私に魔法が通じないとわかるや否や、男たちは脇道へ逃げ込もうとする。
だが、その先にはルルカとローナさんがいる。
「あ~。そっちは通行止めなのよ」
私は拘束魔法を展開し、男二人をまとめて縛り上げた。
――が、ここは天界。一人は問題なく拘束できたものの、もう一人は力づくで魔法をねじ切ってしまう。
「女ども、邪魔だ!!」
一歩前に出たローナさんへ、男が勢いよく突っ込んでいく。
「私の休暇を邪魔すると痛い目を見ますよ?」
そう言うや否や、ローナさんは手にした槍で男の脚を鋭く払った。
その素早い一撃に対処できず、男は地面に突っ伏す。
続けざまに、ローナさんは男の顔すれすれの地面へ槍を突き立てた。
「ひぃっ!」
「私は今、約一か月ぶりの休暇中です。これ以上、私に連勤をさせようというのなら――あなたの頭を、このレンガのように粉々に砕きますが……いかがしますか?」
綺麗なエメラルドグリーンの瞳の奥に、魔族ですら怯むほどの闇が揺れている。
ローナさんは戦闘力ではなく、怒らせたときの怖さが際立つ天使だ。
「す、すみませんでした……」
「素直でよろしい。ノワエさん、拘束をお願いします」
「は~い」
私はもう一度拘束魔法を展開し、男を縛り上げたうえで、睡眠魔法をかけて眠らせる。
「ありがとうございます。私はこの二人を連れていきますので、ここでお待ちください」
「ええ。わかったわ」
ローナさんは男たち二人を抱えて、爆発現場の方へ歩き出した。
……が、どこか足取りが重そうだ。
「ノワエ様、お疲れ」
「ええ。ルルカ、怪我はしてない?」
「うん。全然大丈夫。……ローナさんって意外と力持ちなんだねぇ」
「いや、さすがに強化と浮遊魔法を使ってるわよ」
ローナさんもそれなりに力はあるが、さすがに成人男性二人を悠々と持ち上げる腕力はない。
「なんか、今日は驚くことがいっぱいだね~」
「まぁ、天界でもこういうことはあるわよ」
魔界に比べれば治安はいいが、犯罪が全く無いわけでもないし、天使が全員品性高潔というわけでもない。こういう問題児は、どこにでも一定数いる。
「ああ、あの男たちのことじゃなくて、ノワエ様が魔法を失敗するって珍しいな、って驚いたんだ」
「あ~。恥ずかしいところを見られたわね。言い訳すると、天界で戦闘用の魔法を使ったのなんて、数回しかないのよ」
「あ、そうなんだ。それも驚きだね~。ちょっと強めの天使を見つけたら、すぐに喧嘩を吹っ掛けそうなのに」
「私を何だと思ってるのよ……」
「鍛錬が大好きな戦闘狂」
「……まぁ、否定はしない」
誰彼構わず喧嘩を売るわけではないが、戦闘は大好きだし、強い相手を見つければ戦いたくなる。
だが天界には、私を上回る実力を持つ天使がいる。理由もなく暴れれば、そいつが黙っていない。
「お待たせしました」
しばらくすると、ローナさんが戻ってきた。
「もういいの?」
「はい。巡回していた衛兵が現場に駆けつけてくれていましたので、あとは彼らに任せます。今日は私、休日ですから」
「……私たち、邪魔だったかしら?」
「いえ、こうしてお二人と散策するのは、むしろ仕事ではない方が楽しいです。では、行きましょう」
先ほどの事件などなかったかのように、笑顔で休暇へ戻っていくローナさん。
その切り替えの早さに、戦闘力とは別の意味での怖さを感じた。




