番外編 私の小さな魔女3
散々お待たせしたというのに非常に暗い上に中2病的な内容になっています。
嫌いな人はGO BACKです。
びくりと震えた彼女を見ながらなだめるように彼女の背中に手を置いてゆっくりとなでた。
「どうしてそんなに男が恐いの?」
触れていた彼女の背中が小さく震えるのを感じながら問いかける。
そのまましばらく、返事を待つための沈黙が続いた。
1分ほどたっぷり待ってから返答を諦めかけた時、ごく小さな声が彼女の唇からこぼれる。
「中学生の時に……好きだった男の人に押し倒されたことがあって」
耳にした言葉に自分の表情が一瞬で強張るのを感じた。
それを察知した彼女が慌てたように両手を振って否定する。
「ちょっと触られただけで!その、そういうことはほとんどなかったんだけど」
知らず大きく吐いた息と一緒に襲いかかってきた疲労感でやっと、その一瞬で自分がどれだけ緊張を強いられたか分かる。
けれど怒るに怒れず、訊いていいのか分からないまま、それでも訊かずにいられなくて尋ねた。
「だから恐い?」
躊躇いがちな私の声に彼女は苦笑して、困ったように首を傾げた。
「……どうかな?原因の1つではあるんだろうけど、自分でもよく分からないの」
予想とは違う答えに思わず怪訝そうな顔になってしまった私に彼女が苦笑を含める。
「暫く男の人がすごく恐かったのは本当。お父さんでも急に会うとビクッてなっちゃったり。今でもそれが残ってるせいだっていうのは否定できないけど、それだけが原因かって言われると何となく違う気がするの」
それから彼女はぽつり、ぽつりとたどたどしい調子で彼女の過去に起こった一連の出来事を私に打ち明けた。
親友がいじめの対象になったこと。
自分がそれを助けずにいたこと。
それからその親友が自殺しようとしたこと。
その親友のお兄さんで好きだった人に襲われたこと。
それが裁判沙汰になりそうになって、故郷にいられなくなったこと。
そして話し終えてからゆっくりと大きくため息をついて少し間を空けてから、ぼんやりとどこか遠くを見るように前をみつめながら独り言のように続けた。
「――どうしてってみんな訊くの。どうしてそんなことになったの?どうして私はこういう人なの?どうして、どうして、どうして……って。だから私も自分で何度も考えたし、色んな人に訊いてみた。どうしてこんなことになったの?どうして私はこんなふうな人なの?って。たいていの人は、どうしてこんなことになったのかって訊くと運が悪かったって言うし、私がどうしてこんな風なのかって訊くと私が過去にそういう目にあったからだって言う。でも同じような目にあった人でも、私みたいにならないで普通に生きてる人だってたくさんいる。だから、私は答えが出せないの……ううん、出さないの、かな?」
自嘲するみたいに笑った彼女の顔を見て、ぐぅって胸の奥が詰まったような気がした。
「――本当はわかってるの。全部、私が弱いからだって。あの子を助けてあげられなかったのも、その後のことにいつまでも心がこだわってて拒絶反応が出るのも。だから逃げたくなくてがんばりたくて、家族がすごく反対したのに共学の高校を選んで来たの。なのに、私はやっぱりまだ何かから逃げようとしてる。だからそういう私にあなたが怒るのもわかるの。……だめだね」
そうしてもう一度ため息をついて振り向いた彼女の目が驚いたように見開かれた。
「……どうして泣くの?」
おろおろとしたように私に手を伸ばしてくる彼女の顔がゆらゆらと揺れていて、彼女の言葉で自分が泣いていることを知った。
どうしてと訊かれてもわからなくて頭を横に振る。
「大丈夫だよ。私は、大丈夫だよ……」
何が大丈夫なんだろう。
なだめるように言う彼女に私は上手な言葉が何も浮かばなくて、駄々っ子のようにただ頭を振り続けた。
彼女の本当の気持ちはきっと私にはわからないのだろう。
私がわかることは私が普通に享受している日常が、彼女にとってはひどく異質に感じられるものなのだろうということだけだ。
そして少しの異質や弱さで人はたやすく人を弾くことができる。中世の魔女狩りのように。
だから彼女は大丈夫だと言うのだろう。弱さを隠すために。弾かれないために。
「私は、大丈夫だよ……」
私に言い聞かせるように繰り返す彼女の声は、まるで自分に言い聞かせているように聞こえた。魔法の言葉を唱えるように。
だから私はとまらない涙を流しながら何度もその現代の小さな魔女の魔法を否定して頭を振り続けた。