第96話『追憶と別離、そして闇の瞳』
夜明けとともに、砦の炎はようやく沈静化した。
だが、それは決して「平穏」を意味しなかった。
失った者たちの姿は、朝日にも照らされぬまま、静かに残されていた。
「……ルシェの弓、焼け残ってたわ」
リリィが焦げた弓を手に、俺の前に来る。
「リオナの剣も……鞘だけが、残ってた」
エリュの手には、欠けた鞘。
「もう、いないんだよな」
ウケールがぽつりと呟いたその声は、深く、低く、静かだった。
俺たちは誰も返事をしなかった。ただ、黙って見つめていた。
◆
その日、俺たちはルシェとリオナの遺体を、砦の近くの丘に埋めた。
周囲には小さな白い花が咲いていた。
「ここなら……戦場じゃなくて、少しは眠りやすいかもな」
そう言って、俺は土に花を手向けた。
「ルシェは、いつも軽口叩いてたけど……最後まで、私たちを守ろうとしてた」
「リオナも……怪我人をかばって、逃げずに残ってた。最後まで勇敢だった」
リリィとエリュの言葉に、俺はただ、うなずくことしかできなかった。
そのとき。
「……誓おう」
俺は立ち上がった。
「俺たちが、これからどれだけ苦しい目に遭っても……誰も、無駄死にさせない」
エリュが静かに頷き、ウケールが拳を握った。
「……同感だ。あいつらの死を、意味あるものにしないとな」
「うん。リオナも、ルシェも、報われなきゃ可哀想すぎるよ」
リリィの目に、涙が溜まっていた。
◆
その夜、簡易の野営地で、火を囲んでいた俺たち。
久しぶりに、誰も傷ついていない夜だった。
「……ヨシオ。少しだけ、いい?」
リリィが俺の隣に座る。
「えっと、今日は……怖くて、眠れそうにないから……」
「ここに、いろよ」
そう答えると、彼女はそっと寄りかかってきた。
「……ありがとう。あのとき、私のこと、庇ってくれたのも」
「当然だ。俺たちは――仲間だろ?」
「うん……だけど、私……ヨシオのこと……仲間以上に、思ってるかもしれない」
リリィの体温が、肩に伝わる。
炎の揺らめきのなかで、彼女の瞳はまっすぐに俺を見ていた。
「ねぇ……ヨシオ。手、握っても……いい?」
「……ああ」
俺はそっと、彼女の手を取った。
その小さな手は震えていたけれど、温かく、何よりも確かだった。
「……ヨシオ。今夜だけは……傍にいて」
「わかった。ずっといるよ」
そうして、ふたりだけの静かな夜が、更けていった。
◆
翌朝。
エリュは一人、丘の上で魔道書を見つめていた。
「……私だけ、何もできなかった」
ウケールが肩を叩く。
「お前がいたから、リリィも助かった。そうだろ?」
「……そう、かしら」
風が静かに吹いた。
「ねえ、ヨシオ」
リリィが俺に近づき、ふと表情を曇らせた。
「……昨日の戦い。あの魔族が言ってた、“次はエリュが死ぬ”って。あれ、ただの挑発だったのかな?」
「……」
俺は答えられなかった。
だが、胸の奥で確信があった。
あれは、ただの“捨て台詞”ではなかった。
明確な“意志”を持った、何かの予告――。
◆
――その夜。
エリュの背後に、“瞳”が浮かぶ。
黒く、紅く、妖しく光る一つ目。
誰も、それに気づいていなかった。
だがそれは、確かに“狙って”いた。
次なる獲物――エリュを。
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