第85話『始原の扉、その名の真意』
俺たちは東方山脈を越え、雪の大地を離れた。
目指すのは――《始原の扉》と呼ばれる、存在すら伝説となっていた“空白の地”の最奥。
この扉の先に、すべての記憶と罪の根源があるらしい。
「なぁヨシオ、ここって……空気が変じゃない?」
「うん……圧が違う。ここから先は、空間そのものが“閉じられてる”」
「うーん、物理法則ってやつが寝てるのかな?」
ウケールが首を傾げ、空に向かって手をかざす。
風は吹いていないのに、彼の髪だけが“反対方向”にそよいでいた。
エリュは無言で足元の地質を調査していた。
「この地面、過去に“上書き”されてる。何層にも重なった……時間の改ざん痕があるわ」
「つまり、“何か”が何度もここで歴史を書き換えたってこと?」
リオナがつぶやく。
「それが本当なら、始原の扉は……ただの扉じゃない」
俺たちは慎重に進みながら、その奇妙な地に一歩ずつ足を踏み入れていった。
――と、そのとき。
「わっ!?」
リリィが足元を滑らせた。
「リリィ!」
俺が即座に抱き止める。彼女の顔が目の前に近づき、無言のまま数秒が流れた。
「……ありがと。うん、ちょっと、びっくりして」
「まぁ、俺が受け止めるって決めてたから」
「ふふっ……やっぱり、ずるいね」
そして俺の腕の中で、彼女の鼓動が伝わってくる。
どこか、安心してくれてる気がした。
「わああ、いいなー、青春ってやつぅ~!!」
横からリオナが顔を突っ込んできて、強引にリリィを抱きしめた。
「きゃっ!? ちょ、リオナ!? いまヨシオといい雰囲気だったのに!」
「うっそぉ!? 今のは友情確認タイムでしょ! ほらウケールも見てたし!」
「うん見てたー! 超キマってた。ちょっと妬けるくらい」
「そうそう、だから今から私がリリィにハグするのは自然な流れ!!」
「いやちょっと落ち着けお前ら!!!」
わいわいと賑やかな声が、異様な空間に吸い込まれていく。
この異常な場所で、俺たちの“普通”がちゃんと生きているのが、ちょっとだけ嬉しい。
――そう思ったのも束の間。
「……誰かいる」
エリュが静かに囁いた。
俺たちは一斉に沈黙し、空間を見渡す。
霧。静寂。そして――
「おいでなすったな。記録を侵す、異常な者どもよ」
そこに立っていたのは、機械のような白銀の仮面を被った人物だった。
全身を黒いマントで覆い、声が“金属に反響する音”のように響く。
「“監視者”……!?」
リリィが震える声を出した。
「まさか、こんな場所で……!」
「我は、“始原の記録”を守る者。我が名は《零式》。この扉を前に進む資格を問おう」
敵か味方か――その判断すらできない存在。
俺たちは、剣を抜くか迷っていた。
だがそのとき。
「ねえ、資格ってのはさ、戦うことじゃないかもしれないでしょ?」
そう言って前に出たのは、ウケールだった。
「俺たち、“記録”とか“始原”とか難しいことは知らないよ。でも――それでも、一緒に進む仲間がいる。理由なんてそれで十分」
その言葉に、零式は沈黙した。
やがて彼は、一歩下がり、空間に手をかざす。
「ならば――示せ。“記録”とは、誰の中に残るものか」
扉が、鈍い音を立てて開き始める。
――“始原の扉”。
その向こうは、世界の根幹に触れる場所。
そして、俺たちの“絆”が試される場所でもあるのだと――胸の奥で確信していた。
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