第84話『旅立ちの前夜と、揺れる気持ち』
記録庫の保全空間での滞在も、三日目を迎えていた。
雪の気配は未だ色濃く、外は静寂に包まれている。だがその中で、俺たちはようやく次の一歩を踏み出そうとしていた。
「次の目的地……“始原の扉”だよな」
俺は結界石を手に取り、ウケールに渡す。
「ヨシオ、お前さぁ……こういうとき、緊張とかしないの?」
「うーん、するよ。めちゃくちゃする。でも、誰かが先に笑ってくれれば楽になるじゃん?」
「へへっ、いいね、それ」
ウケールはそのまま、記録端末の荷造りを手伝いに戻っていった。
一方で、エリュは慎重に各種魔導装置の封印をチェックしていた。
「この装置、勝手に再起動したらまずい。記録は保全されてるけど、完全にシャットダウンする必要がある」
「さすがだな、エリュ」
「……まぁ、責任感だけで動いてるから」
「ウケールが言ってたぞ。『エリュの生真面目さが一番頼りになる』って」
その言葉に、彼女は少しだけ頬を赤らめた。
「……アイツが、そんなこと……言うんだ」
「うん。まぁ、本人はそのあと『でもちょっと怖い』って言ってたけど」
「……ふふ、まぁ当然ね」
***
夜。焚き火の前で、俺はリリィと並んで座っていた。
辺りは静かで、雪の音さえ吸い込まれていくような時間だった。
「……ねぇ、ヨシオ」
「ん?」
「このまま、私たち……どうなるのかなって思う」
「“私たち”って?」
「この旅のことも、仲間のことも、私と……あなたのことも」
その言葉に、俺は少し息を呑む。
彼女の目はまっすぐで、でもどこか不安げだった。
「……旅が終わっても、きっと俺たちは変わらないよ」
「……本当に、そう思う?」
「思いたい。いや、思わせてくれ。リリィがいる限り、俺はずっと前を向ける気がするから」
その一言が、彼女の瞳に火を灯す。
リリィはそっと寄り添ってきて、俺の肩に頭を預けた。
「……あんたって、ほんと、ずるいんだから」
「そっちが言わせたんだろ」
「……ふふ、そうかも」
温もりが、雪の冷たさを忘れさせてくれる。
リリィとの距離が、確かに、変わっていく。
***
翌朝。
「さて、出発するか!」
ウケールが弾けるように立ち上がる。
「目的地、“始原の扉”! なんかいかにもラスダンって感じがしてテンション上がるなー!」
「気を引き締めなさいよ。たぶん、本当にやばい場所なんだから」
リリィの声にも、どこか弾みがある。
そしてその脇には、エリュとルシェが装備を整えて待っていた。
だが、そのとき。
「お、おーいっ!」
一人、吹雪を駆けてこちらへ向かってくる人影が――
「やっほー! 遅れてごめん! エリュに鍋、作り置きしてたらさー、時間が!」
現れたのは、鮮やかな赤のコートをひらめかせる少女――
仲間の一人、《料理術師》のウケールの妹分、“ウケール=リオナ”だった。
「なんだリオナかよ、心配したぞ!」
「えへへ、でもちゃんと来たじゃん。ね、エリュ、忘れてないでしょ?」
「……忘れてない。今日からまた、五人で行動する」
エリュは静かに頷く。
こうして俺たち《違法者チーム》は、新たな目的地へと出発した。
氷の記憶庫を後にし、空白の歴史を紐解く旅の続きを――
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