第83話『氷の記憶と、湯けむりと』
記憶庫を制御した後、俺たちはしばらくその場所に滞在することにした。
というのも、奥で発見された空間が「保全区域」だったからだ。
「へぇ〜〜……すげぇなココ。お湯出るじゃん!」
ウケールが浴槽らしき場所で湯を手ですくい、感嘆の声をあげる。
氷の記録庫なのに、どうしてか天然の温泉が湧き出しているのだ。しかもちゃんと暖かい。
「……完全に謎だけど、ありがたいわね」
リリィがそっとバスタオルを肩にかける。いや待て、なんでお前もう入る気満々なんだよ。
「女性陣から先に使わせてもらうからね。のぞいたら、死ぬわよ」
「ひえっ、わかった!」
俺は反射的に背筋を正した。リリィの“そういうところの判断”は異様に速い。
一方、エリュとルシェはというと――
「この水……ただの湯じゃない。回復魔素が混ざってる。これは、すごい……」
「ぬるぬる……気持ちいい……」
「ああ、ルシェ!髪の毛そこ、湯船に入れたらダメだってば!」
記憶庫の癒し力、恐るべし。
***
「……はぁ〜〜。極楽、極楽っと」
俺は男陣だけで風呂に入っていた。
外気温は氷点下なのに、湯の中は天国そのもの。
「なぁヨシオ、お前さぁ……リリィと最近、なんか進展あった?」
不意に、ウケールがニヤニヤしながら訊いてきた。
「な、なんもねぇよ!? なに勝手に期待してんだよ!」
「ふーん? でもお前、昨日“あーん”されてたじゃん。リンゴ、口に入れてもらってたじゃん」
「……お前見てたのか」
「見てたというか、全員見てたよ。エリュが後ろで“あれは進展1.2段階目”ってボソッてた」
「それ何の基準だよ」
俺は湯に沈みながら、ふと“あのとき”を思い出す。
記録庫で戦い終えたあと、リリィが少しだけ俺に寄りかかってきた。
「……ねぇ。ヨシオ、まだこの旅……終わらせないよね?」
「ん? 終わるわけねぇだろ。まだ、やることいっぱいあるし」
「そっか。……なら、少し安心した」
ほんの短いやりとり。でも、あれは彼女なりの“確認”だったのかもしれない。
***
風呂から上がった俺は、エリュとルシェが記録庫の端末を調査しているのを見かけた。
「どうだ、何か見つかったか?」
「うん。おそらくこの装置……セラという人物の“思考ログ”を保存していたみたい。次の場所の座標も、出てきた」
「つまり、次の目的地ってことか」
「……たぶん、“始原の扉”って呼ばれてる場所」
「なんか……ラスボス臭がすごいな」
そのとき、ルシェがこちらに寄ってきた。
「ヨシオ、わたし……少しだけ“思い出した”」
「何を?」
「セラって人。……精霊たちから“造られた人”だったみたい」
俺は息を飲む。
「つまり……彼女は“人間じゃなかった”ってことか?」
「でも……感情が、ちゃんとあった。笑ってたし、泣いてた。わたし……あの人の記憶、守りたい」
「……ああ。俺たちで守ろう」
その言葉に、ルシェはそっと微笑んだ。
そして俺の袖を軽く引っ張る。
「あと……その……次の場所に行く前に……また一緒に、湯に入りたいな」
「…………そ、それはちょっといろいろと問題がだな!!」
後ろで、エリュとリリィが「ん?」という顔をして俺を睨んできた。
「いや今の違う!そういうんじゃないから!ほんとに!」
……俺の冒険、ますます波乱含みになってきたかもしれない。
「面白かった!」
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