第80話『雪の帳、炎の傍らで』
洞窟探検を明日に控えた夜。
俺たちは一度、山を下りた野営地に戻っていた。
星空が澄んでいて、雪明かりに照らされた草地は青く輝いている。
「うー……やっぱ雪って、冷えるよね……」
ウケールが焚き火の前でガタガタ震えながら、毛布にくるまっている。
「それ、焚き火の意味ないんじゃ……」
エリュが呆れつつも、彼の肩にもう一枚の毛布をそっとかけた。
「う、ウケール……お前のその姿勢、逆にプロだな」
俺が笑いながら言うと、リリィが隣でうんうん頷く。
「ねぇ、かおる。そろそろお茶淹れるけど……一緒に飲まない?」
「ああ、ありがと。俺、持ってくる」
「いいよ、今日はわたしが入れる。……その、ルシェにも、あげたいし」
ルシェは焚き火のやや外れた場所、ひとりで静かに座っていた。
「……近づいたら、風がまた暴れちゃうかも」
「大丈夫。さっき見た限り、今はかなり落ち着いてる。ちゃんと呼吸してれば問題ない」
俺はゆっくりと近づき、隣に腰を下ろした。
ルシェはまだ、少し戸惑っているようだった。
「……ありがとう。助けてくれて」
「気にすんな。お前、まだこれからだろ。少しずつでいい」
「わたし……人と一緒に過ごすの、ちょっと苦手で。精霊だけじゃなくて……みんなから嫌われるの、慣れちゃってたから」
その言葉に、リリィがそっと茶を差し出した。
「じゃあ、少しだけ慣れてみようよ。ね?」
ルシェが顔を上げる。
その瞳に、少しだけ光が戻った気がした。
「……ありがとう。リリィさん」
「さん、いらないよ。ルシェ、もう仲間なんだから」
しばらくして、空には月が上がり、野営地はゆるやかな眠りへと入っていく。
だが俺は、まだ寝れずにいた。
焚き火のそばで物思いにふけっていると――
「……起きてたんだ」
リリィが、ふわりと毛布を肩にかけてやってきた。
「うん、なんとなく」
「わたしも。……ちょっとだけ、隣いい?」
「ああ」
ふたりで焚き火を見つめる。
風が鳴いて、月が静かに照らしていた。
「ねえ、かおる」
「ん?」
「……あのさ、ルシェのこと、ちゃんと気にしてるよね。わたし、ちょっとだけ――嫉妬しちゃった」
思わず目を見開いた。
「いやいや、リリィ、それは――」
「でもね、なんか嬉しかった。あなたが、ちゃんと“人を助ける”ってこと、忘れてないって。……私が最初に、好きになった理由。たぶん、それだと思う」
月明かりの下で、リリィの横顔がやけに綺麗に見えた。
「わたし、ちゃんと見てるからね。ずっと」
静かに寄りかかってくる彼女の肩は、あたたかかった。
その夜――風は眠り、精霊たちも静かだった。
俺たちは束の間の安らぎの中、互いの存在を確かめ合っていた。
そして明日、氷壁の洞窟へと踏み込むことになる。
そこには、まだ見ぬ“核心”が、待っている。
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