第79話『氷原の兆し、交わす視線と小さな覚悟』
雪原に散らばる淡い青の魔力痕を前に、俺たちは慎重に歩を進めていた。
「……魔法の爆心地。だいぶ前のようね」
エリュが足元に残った焦げ跡を検分する。
「でも魔力はまだ“におう”。これ、精霊術だよ」
リリィが膝をついて雪をなぞり、周囲の空気を嗅ぐように言った。
「精霊術……?」
「うん。風か、水、あるいは氷。……でも、すっごく粗い。素人が使ったような乱暴な術式」
俺は周囲に目を配りながら、無意識に剣の柄へと手を置いていた。
――なにかが、おかしい。
「誰かが、ここで“練習”してたってことか?」
「あるいは威嚇。痕跡だけで追跡者を足止めさせるやり口もあるわ」
エリュの言葉にウケールが青ざめる。
「え、まって、それってつまり“罠”じゃん……!俺らまた騙されようとしてる!? 俺らまたサブクエで片道切符になる系!?」
「違う。それなら今頃この辺、吹っ飛んでる」
俺が一蹴するが、彼はもう涙目で震えていた。
「せめて生きてギルドに帰りたい……ウケール、ほんとは武器屋開きたい……」
「今言うな、それ」
【氷の残響】
そのとき、耳の奥で“キィィ”という金属をこするような異音が鳴った。
「……風が鳴ってる?」
「違う」
俺は周囲の雪を見た。揺れていない。だが、確かに聞こえる。
「“残響”だ。これは、空間に残った術式の音」
「ってことは……まだ“術”が残ってるの?」
リリィの問いに頷くと、俺は腰の短杖を抜いた。
それは魔法の杖ではない。俺が自作した、“起動符式の導具”だ。
「……《スロー・インデックス》」
杖先に淡い光が灯り、俺の視界に過去の“魔力の動き”が浮かび上がる。
「こいつは……吹雪を利用して、逆巻きに流れる風の障壁……。風の精霊が、混乱してる」
「なにかに命令されたってこと?」
「ああ。だが“未熟”だ。術者の支配力が弱い……」
そのとき、雪原の向こう、白い風の向こうから――
「お、おい、あれ見て……!」
ウケールが指差した先に、一人の小柄な人影が立っていた。
【謎の少女】
「おい、そこの――」
「……近づかないで!」
こちらの声を遮るように、彼女は手を振った。
その手には、精霊文字がきらめいている。
「やば――《退避!》!」
俺が叫ぶと同時に、リリィが風の結界を展開し、エリュが氷の障壁を立ち上げる。
直後、少女の周囲で“風の槍”が爆ぜた。
「ちょ、ちょちょちょまって!? 俺まだ遺書書いてな――」
「死ぬ前提で喋るな!」
俺は即座に符術を展開した。
「《裂刃――インパクト・エッジ》!」
薄紫に輝く魔力の刃が、少女の風槍の一つを打ち砕く。
「ひっ……!」
少女が後退し、術式の制御を崩した――次の瞬間、彼女の足元が崩れ、白い氷原の底に落ちそうになる。
「――っ!」
思わず駆け出していた。俺はすぐに跳躍して、彼女の手をつかんだ。
「危ねぇなっ……何してやがる!」
「……っ、だって……わたし、精霊に、嫌われてるの!」
その言葉とともに、少女の周囲で風が泣いた。
精霊たちが彼女を避けるように、暴れていた。
【小さな仲間の兆し】
そのまま少女を引き上げると、俺たちは荷車へと一時避難した。
「ふぅ……あんた、なんでこんなとこで術なんか使ってんだよ」
「……わたし、練習してたの。ギルドで“使えない”って言われたから、悔しくて」
「精霊術士か。……暴走しかけてたな。自覚は?」
少女は頷く。「でも、精霊に近づけないの。……あたしが怖いって」
「なるほど、“精霊拒絶体質”か」
エリュが頷く。「でも珍しいわね。素質はあるはずよ」
ウケールは荷車の上からひょこっと顔を出した。
「ってことは? この子、仲間フラグっすか?」
「……黙れ。まだ信用はしてねぇ」
だが――。
(あの目、俺は……知ってる)
俺はあの日、誰にも信じてもらえず、世界から見捨てられた気持ちで一人でいた。
それを救ってくれたのが、仲間だった。
だから。
「名前は?」
「……ルシェ」
「ルシェ。お前、明日もここに来い。教えてやるよ、精霊との付き合い方ってやつを」
少女は目を見開き、少しだけ――笑った。
「面白かった!」
「続きが気になる、続きが読みたい!」
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