第68話『沈みゆく塔と、記録なき守護者(前編)』
明朝――俺たちは東の砂漠地帯へ向けて旅立った。
広がる砂の海。乾いた風。太陽は容赦なく照りつけ、風が吹けば細かい砂粒が肌を刺す。にもかかわらず、俺たちは軽口を叩きながら進んでいた。こういう雰囲気が、案外好きなのかもしれない。
「ヨシオ、首に巻いてるそれ、魔除けじゃなくて日焼け対策でしょ」
「そうだけど。なんか文句あるか、リリィ」
「可愛すぎるってだけ」
「なんだその評価……」
そんな調子で、一行は道中も和気あいあいとしていた。
ウケールはいつものように陽気に冗談を飛ばしながら、何度も水筒を振っては中身を確認し、心配性な一面を見せる。エリュはというと、地図を片手に塔の構造を推測しては、俺たちに簡単な説明を繰り返してくれていた。
やがて、砂嵐の彼方に朽ちた石造りの塔がその姿を現した。
「――ここが、“沈みゆく塔”」
かつては魔術研究の中枢とも言われた遺構。今ではその存在すら知る者が少なく、半ば忘れ去られた場所。
「見た感じ、上階は崩落してる。中に入るには地下の穴から行くしかなさそうだな」
俺たちはロープと灯りを準備し、順番に塔の地下へと降りていった。
中は予想以上に静かだった。砂がわずかに舞い上がり、光の粒となって空間を漂っている。古い魔術の痕跡が壁面に刻まれており、エリュの目が輝く。
「これは……第六式の転写術。しかも初期型よ」
「転写核ってのは……このあたりにあるのか?」
「おそらくこの塔の最深部。“核室”と呼ばれる領域があるはず」
そう言って進んだ先、奇妙な石扉の前にたどり着いた。
「見て。文様が……泣いてる」
扉に刻まれた紋様は、まるで目を伏せ、涙を流す人物のようだった。
「……なんか、気持ち悪いな。いやな予感がする」
俺は無意識に手を杖に添えた。
その瞬間、扉が軋むようにして自動で開いた。
中から現れたのは――
人型。
だがそれは人間ではなかった。
装飾のない仮面、古びたローブ、そして背に浮かぶ淡い光の輪。
「記録守護体……」エリュが呟いた。
それは古代の記録を守るためだけに作られた魔術生命体。塔の“記憶”を侵すものに牙を剥く存在。
「――来るぞッ!」
俺は叫ぶと同時に、杖を振りかざした。
"紡げ、刻まれし炎の詩――焔律・裂!"
赤い魔法陣が描かれ、刹那、閃光のごとき炎が一直線に記録守護体を貫いた。
だが、奴は揺らぐことなく、まっすぐにこちらへ歩を進めてくる。
「ちょっ、ヨシオさん!? それ直撃だったよね!?」
「効いてねぇのかよ、マジかッ!」
ウケールが盾を構えて突進し、リリィが後方から結界魔術を展開。エリュが即座に弱点を解析する。
「心核は背部の光輪! ヨシオ、回り込んで!」
「ああ、任せろッ!」
仲間たちの連携で、俺はぐるりと背後を取った。そこには確かに、淡く震える魔力の核――
"穿て、連鎖せし雷鳴の槍――雷槍・穿突!"
轟音とともに、雷の槍がその核を貫いた。
守護体は微かな音を漏らし、そして静かに崩れ落ちた。
「……終わった、か?」
「うん。記録はまだ残ってる……これは――」
エリュが拾い上げたのは、黒い結晶体。転写核。
「これで、“記録なき転写者”の痕跡が追えるかもしれない」
俺たちは顔を見合わせ、小さく頷きあった。
次へ進む手がかり。それは、確かにここにあった。
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