第66話 『砂に埋もれた名と、時の記録』
「……あった」
エリュが指差した先、崩れかけた石碑のような構造物の奥に、かすかに光る魔術紋が浮かんでいた。古代文字で刻まれたそれは、まさに“断章”と呼ばれるにふさわしい荘厳な雰囲気をまとっている。
俺は慎重にその前まで近づき、手をかざした。
すると、
――名前を、思い出して。
ふと、耳元で声が聞こえた。
「……今、何か聞こえなかったか?」
「私も……でも、はっきりとは……」
リリィとウケールも同じように、眉をひそめていた。だが、エリュだけは黙ってその断章に向き合っている。まるで、彼女だけが“それ”の意味を知っているかのように。
「――これは、“記憶を記録する魔導装置”よ。古代、死者の魂や失われた想いを封じ込めるために作られた禁術の名残」
「ってことは……この断章には、誰かの記憶が入ってるってことか?」
「ええ。だけど……その“誰か”が、もうこの世にいない可能性も高い」
俺は、無意識に手を引っ込めた。
記録の中に閉じ込められた名前。思い出してと訴え続ける存在。……それは、まるで時間そのものが悲鳴を上げているような――そんな気がした。
「なあ、いったん外で休憩にしないか。ちょっと、頭が疲れる」
「それがいいな。ここ、空気が重すぎるしな」
俺たちは一時的に遺跡を出て、砂漠の岩陰に小さなキャンプを張った。火を起こし、簡単な携帯食を取り出す。
「ヨシオ、これ食べる? チョコパンっぽい干し餅」
「それってもうパンじゃなくない……いや、食うわ。ありがとうリリィ」
「ウケールは?」
「んー……俺、さっきからなんか変なんだよな……」
「変?」
ウケールは砂を撫でながら呟いた。
「さっきの断章、見た時……誰かの“背中”が浮かんだんだよ。すげえ古びた鎧着てて、でも確かに“仲間だった”って感じがした」
「記憶の残滓、ってやつ……?」
「もしかすると、ウケールが“過去の誰か”の記憶を拾ったのかも。魔導装置って、たまに魔力の流れが合うとそういうこともあるって、文献にあったわ」
エリュの言葉に、全員が静かになった。
――名前を、思い出して。
あの声は、誰のものだったのか。
「……なあ、俺たち、今のうちに“自分の名前”を残しておいた方がいいかもしれない」
唐突にそう呟いたのは、リリィだった。
「もしここで、私たちが誰かの記憶になったら……名前がなきゃ、思い出してもらえないかもって、思って」
その言葉に、妙に納得してしまった。
「……田中・ヨシオ、だ。おれの本名」
「ウケール・タングル。全然かっこよくないけどな!」
「リリィ・カリーネ。――今を生きてる、ただの魔術師」
そして最後に、エリュが口を開いた。
「……エリュ・レファンテ。元王都魔術局・記録保管部所属。今はただの……ヨシオの仲間よ」
少し照れたように微笑む彼女に、俺は静かに頷いた。
どれだけ遠い未来でも。
たとえ記憶の断片になっても。
この旅の中に、確かに“俺たち”がいたという記録を、誰かが拾ってくれるかもしれない。
だからこそ――俺たちは、進み続ける。
忘れられた名前を、思い出すために。
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