第65話『月影の砂漠と時の門』
月影の砂漠。
それは、昼は焼けつくような熱風が吹き荒れ、夜には氷のような冷気が砂の海を走る――命を拒む、無慈悲な大地だった。
「うわああああああ!! あっつい!! 溶けるうううぅ!!」
「うるさい。口開けると、余計に喉が渇くわよ、ウケール」
砂の上に転がっていたウケールを、エリュが軽く蹴飛ばした。容赦ない。
「な、なんでエリュはそんな平然としてんの……あっ、もしかして体温操作系の魔法使ってるとか?」
「使ってるけど、それが?」
「くっそズルい! 俺も冷却魔法使いたい!!」
「……でもヨシオ、あれ以上服脱いだらただの変質者だよ」
「言ってない! 何も言ってないからなリリィ!」
日差しにうだる会話の中、俺たちは“転写の断章”が眠るとされる遺跡の入り口――《時の門》に到着した。
それは、まるで時間が止まったような佇まいだった。風も音も、どこか“遠く”にあるかのように感じられる。
「……ここ、空気が違う」
エリュが小さく呟く。彼女の金の瞳が、刻まれた古代文字を細かくなぞるように見ていた。
「この遺跡、やっぱり……」
「なにかわかるのか?」
「ええ。内部には“時間の遅延領域”があるわ。私のいた王都魔術局でも観測例は少ないけど……一歩足を踏み入れれば、現実とは異なる流速で時間が進む。最悪、“外の一分が中では一日”とかいうこともある」
「えっ、それって……やばくない?」
リリィが顔をしかめる。
「……私の魔力で一定の保護はできる。だけど全員を守るには限界がある。――だから、協力して。今回は、特に」
エリュの言葉に、俺たちはそれぞれ頷いた。ギャグだなんだと騒いでも――ここは、冒険者としての本気の時間だ。
「よし、じゃあ作戦会議だ。先頭はウケール。罠と敵の警戒な」
「任せろ! 俺が罠踏んでも、ヨシオが回復すりゃ無敵よ!」
「死なない前提やめろって言ってんだろ!」
「じゃあ俺の後ろにリリィ! 攻撃魔法の準備な!」
「うん、私、すぐ爆破できるよ!」
「物騒だな!?」
「私は最後尾で結界を展開するわ。時の流れが乱れたら、すぐ指示するから」
エリュの冷静な判断を頼りに、俺たちはついに、時の門をくぐった――
一歩、足を踏み入れた瞬間。
「……あれ?」
視界が歪んだ。風景が――いや、時間そのものがズレていく感覚。目の前の砂が、まるで水のように流れている。
「みんな、気をつけて。今、私の展開した魔力が時間の加速と抵触してる。中途半端に離れると、取り残される可能性がある」
「なるほど、つまり『離れずに一緒に行動せよ』ってことだな! つまり!」
ウケールがリリィに抱きつき、
「距離ゼロで完全防御!」
「――離れろぉおお!!」
ドカン!
リリィの火花が炸裂して、ウケールがスモーク状態になった。
「ほ、保護魔法の効果範囲ギリギリ……ギリセーフ……」
「ギリじゃなくて、アウトだよ。完全に」
俺はやれやれと笑いながら、それでもどこか、ホッとしていた。
たとえ異常な時間空間でも、仲間の息遣いが感じられる――そんな場所なら、きっと進める。
そして――
「……何か、音がする」
リリィが囁いたその瞬間、地下から巨大な砂柱が噴き上がった。
現れたのは、砂で構成された魔法生物《時間喰らいのガーディアン》。
「……時間を、“食う”? なにそれ、洒落にならん!」
「これは、私の魔力じゃ抑えきれない! ヨシオ、やるわよ!」
「おう、エリュ!」
俺とエリュの魔力が共鳴し、放たれる。
「《時断式・斬閃》!」
「《逆行零度結界・封》!」
時を断ち切る閃光と、時間の流れを凍らせる結界が交錯する!
敵の動きが一瞬止まり、ウケールの鉄拳が炸裂した!
「喰われる前にブチ抜けぇええええ!!」
ズドン!!
砂のガーディアンは大地に崩れ、再び静寂が戻る。
「……ふぅ。ちょっと、気を抜くと命持ってかれるね、ここ」
リリィが汗を拭きながら言う。俺も思わず苦笑した。
「でも、悪くないよな、こういうのも。チームって感じで」
「……ええ。前よりも、良いチームになってる」
エリュの瞳が、少しだけ柔らかく揺れた。
俺たちは、ふたたび遺跡の奥へと歩き出す。
《転写の断章》――その真実に、少しずつ近づきながら。
「面白かった!」
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