第5話 夢追人
日の出とともに目が覚める。
軽い柔軟体操をしてから自分たちの畑に向かう。
固い土を鍬を使って耕す、種を植える、雑草を引き抜く、うまく育たなかった作物も引き抜く。
時には畑を荒らしている害獣を見つけては皆で協力して追い払う。
過酷な環境の中で実った作物を収穫し、そのなかからギリギリ生きていけるだけの量だけをもらいその日を生きる。
何十年もの間続けてきた生活を繰り返す。明日も明後日もきっと変わらないのだろう。
そんなどうしようもないことを考えつつ、俺は今日も鍬を握る……。
目が覚めると外はまだ薄暗く、日が昇り始めたばかりだと分かる。長年染みついた習慣は早起きする必要のなくなった今でも治らないらしい。
「……それにしても珍しい夢を見たもんだ」
当時は仕方のないことだと思っていた。神によって定められた村人という配役を淡々とこなすしかないと。だが、あの日坊主と出会ってから生活は一転した。
昔からの日課である朝の柔軟体操をこなしつつ、ここ数か月の生活を振り返る。
「はは、どっちかっていうと今の方が夢みたいだよな」
畑仕事といえば、自分たちが生きるために必死にやっていたことだ。なんせ作物が育たなければ自分たちの食糧がなくなる。文字通り生死がかかっていた。だが、今では娯楽みたいなものだ。
坊主によって既に整備された畑があり最高級な農具もある。害獣の被害に悩まされる必要もない。周囲は森に囲まれているため肥料もたっぷりある。ここまでの条件がそろっていれば普通に作物が育つのは当たり前と言わざる終えない。だから俺を含め元村人の連中はどうしたらより美味しくなるかの研究に没頭しているくらいだ。畑仕事を心の底から楽しんでやれるってのは以前では考えられないことだ。
体操を終え次は外に出て素振りを開始する。これはここ数ヶ月で新たに加わった日課だ。
坊主からもらった炎死鎌フレイム・デス・サイスを振り回す。最初はあまりしっくりこなかったが、魔物を倒せば倒すほど手になじんできたように思う。これのおかげで前までは怯えるしかなかった魔物達と対等に渡り合えるようになった。そして俺は未知の魔物との命を懸けた刺激的な戦いを楽しんでいた。俺はこんなにも好戦的だったのかと自分でも驚いている。
畑へ向かうと朝早い時間にもかかわらず先客がいた。向こうもこちらに気付き笑顔で手を振っている。
「タークさんおはよう!」
「おう、今日もミミは元気がいいな」
「タークさんこそ」
このやり取りは何回目になるだろうか。
ミミは大分前から畑に顔を出すようになった。
「今日は調子がいいんだ。タークさん見ててね!」
畑から芽が出たばかりのトマト(坊主命名)に向かってミミが手をかざす。
目を凝らすとミミの手が薄らとした緑色の魔力で覆われているのがわかる。その魔力が芽の方にも広がりトマトの姿を大きく変化させた。
「どう、すごいでしょ?」
「おお、これは凄いな……」
この前見た時は1㎝程の芽が5㎝に育つ程度だったが、今回は一気に成長し黄色い花を咲かせていた。この魔法は豊穣魔法というらしい。今まで聞いたこともない魔法だ。
ミミは当初から畑に興味津々といった様子だった。元気に育つ作物を見ているのが楽しいらしい。そしてなんでかは知らんが坊主から植物の構造について色々教えてもらったりもしたらしい。豊穣魔法が使えるようになったのはそれからだ。
ある時出てきた芽を『美味しくなーれ』と呟きながらツンツン突いていると何だか大きくなったような気がしたそうだ。気のせいと思いつつもそのエピソードを坊主に伝えると、念のためにとステータスを確認され発見に至ったそうだ。
それ以降ミミは定期的に畑に訪れてはこの魔法の練習をしていた。その地道な努力が実ったということだろう。
「それじゃあソウ兄に報告してくるね!」
そう言うと、ミミは嬉しそうな顔で去っていった。
うんうん、若い子供たちがいる生活はいいものだ。あいつらの笑顔を見ているとこっちまで笑顔になる。夢のような時間というのはまさにこの宝ともいえる子供たちの笑顔がみれることだろう。
しかし、このような光景が見れる場所はそんなに多くはない。この世界は依然として魔物に怯えて暮らさなくてはならず資源も限られている。今までの俺ならば仕方がないと諦めていた。世界を変えるのは俺の役割ではないと。
しかし、もう諦めて流れに身を任せるという選択肢は俺にはない。こんなに楽しい生活を知ってしまった。他の奴らにもこの幸せを傍受する権利はあるはずだ。
坊主はこの世界をより良いものに変えようとしている。そんな坊主の夢に付き合うのも悪くはない。俺みたいなやつでも少しは役に立つだろう。
「さて、それじゃあ今日も平和の為に働くとするか」
炎死鎌を肩に担ぎ森深くへ向かう。さて、俺を楽しませてくれる奴はいるかな?
歩みを進めると森の中に開けた場所があった。そこには直径50メートルはある大きな泉が広がっている。おかしい、以前はこんな場所はなかったはずだ。なら何故こんなとこに泉が広がっているのか。泉に向かって一歩一歩足を進める。しかし特に変わったことは起こらない。さらに歩みを進める。そこで泉の異変に気が付いた。先ほどより泉の大きさが小さくなっているようだ。そして、その理由は……。
「囲まれたか」
気が付けば泉の一部が伸び、いつの間にか俺の周囲を囲っていた。そしてそれは俺を逃がさんと言わんばかりに5メートルほどの水の壁に変化した。そうしてからようやく本体と思われるものが泉の中央に姿を現す。見た目は人型をした水の妖精といったところだろうか?
「戦闘開始ってことでいいかな」
炎死鎌を構えなおしその刃に炎をまとわせる。
プッと笑われたような気がした。ふと奴の顔と思われる部分を見ると嗜虐的な笑みを浮かべている。水に対して刃の武器に少量の炎だ。だから自分の脅威になりえないとでも思っているのだろうか?
「ふん、馬鹿にされたもんだな」
水壁の全方位から棘のようなものが形成される。魔法で例えるとアクアランスといったところだろうか。それが1個ではなく100単位はある。恐らくそれを一気にこちらに向かって射貫かんと伸ばしてくるのだろう。
「なんとも芸のないことだ」
予想通りに放たれた無数の棘を、円を描くようにして炎死鎌でひと薙ぎする。それだけで十分だ。先程まで透明で美しかった水は赤く染まり、グツグツ煮えたぎっている。
最後まで何が起こったのか理解できないだろう。奴はなんともいえない間抜けな顔をしたまま、蒸発してその存在を消滅させた。
「とまあ、そんな訳であっけなかったもんだったよ」
「いや、タークさん。普通そんな少量の炎に何十トンもある水が負けるとは思いませんから」
というかそれ本当にただの炎なんだろうか? 異世界があるんだ。もしかしたら地獄が存在していてそこから呼び出された……いやいや、考えるのはやめとこう。
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