第2話 過去
俺は夢を見ていた。
それはとても懐かしい、そして苦い思い出と後悔の詰まった夢だ。
今いる世界とは異なる地球という世界。この世界からしたら地球こそが異世界かもしれない。そこで俺は生まれ育った。
7歳離れた妹と2人暮らしだった。両親は妹が幼いうちに亡くなり、俺が妹の面倒を見ていた。
妹の世話をしていたせいだろうか、俺は人のため世のために何かするのが好きだった。良いことをすると妹が喜んでくれたからだ。この笑顔のためにならなんだってやれると思っていた。
当時、俺のいた世界では内戦が頻発していた。しかし、俺の住んでいた日本では戦争なんてものは無く平和そのものだった。
そんな平和な国で俺は大学生になるまでの間に、二酸化炭素を利用した発電装置を創り出し世界の人たちに絶賛された。脳波の研究も手がけ、凶悪犯の考えでさえ強制できる装置の開発も行った。自分で言うのもあれだけれども、俺は天才というやつだったのだろう。おかげで資金には困らず、妹にもお金の心配をかけずに過ごすことができた。
妹は我侭も言わず、質素な生活を心がけていたためお金はほとんどかからなかったが。
妹は心優しい子で、遠く離れた地の貧困問題を知った時に涙し、初めて俺にお願いをしてきた。私はお金なくてもいいし、しばらく食べられなくてもいいから彼らを何とかして欲しいと。
勿論すぐさま了承し、多額の寄付をすることにした。それを知った妹は自分のように喜んで暮れた。
そんな妹が内戦の事実を知って心を痛めないわけが無かった。
俺は様々なものを開発し、絶賛されてきた。何より、妹のためならば何でも出来ると思っていた。
妹の憂いを絶つ為に、自分でなら世界で頻発している戦争を止められるかもしれない、いや、無くすことができると本気で考えるようになった。
そう考えてからは、海外進出に向けて準備を始めた。
自分の準備だけではなく、妹が一人でも過ごしていけるように安全な家の手配も怠らなかった。
季節はめぐり俺は大学生になった。
大学に行く必要は俺には感じられなかったが、妹がどうしても行けと言うために、数ある大学のオファーの中から一番家から近い大学を選んだ。海外に行くまでの間は出来るだけ妹と一緒に居たかった為だ。
大学生3回生の春になると、妹以外で始めてこんな俺のくだらない考えを応援してくれる女性が現れた。彼女こと真里奈は一つ年下で、大学のカフェでコーヒーをぶっ掛けられたのがきっかけだった。今でも忘れられない、まさに熱々の出会いといっていいだろう。
お詫びに食事に誘われ、そこから彼女との交友関係が始まった。
彼女の人柄は明るく、食べることが何よりも大好きな女の子であった。社交的で、友人も多く、おかしいことはおかしいと言える真の強い女の子だった。
そんな彼女に惚れてしまうのは時間の問題だった。
彼女は妹とも直ぐに仲良くなり本当の姉妹のように思えた。
幾度となく彼女と出かけ、家で過ごし、1年後の大学4回生の時に告白をした。大学を卒業したら海外に行くから遠距離になるがそれでもいいかと。そんな身勝手な告白に対し彼女は涙を流し、笑顔で了承してくれた。妹も彼女と付き合えたことを喜んでくれた。この時が幸せの絶頂期といっても過言ではない。
卒業後、早速海外に出向いた俺は内戦で荒れている国で活動を始めた。
初めて人の殺し合いを目の当たりにした時はその惨状に嘔吐した。
少なからず恐怖も覚えた。でも、俺は逃げるわけにはいかなかった。
妹や彼女と連絡を取りつつも応援してくれる彼女たちのために一生懸命頑張った。
一生分の人の死を見た。中には何もしていない一般市民、孤児たちなどの理不尽な死も沢山あった。平和な国で育った俺は、いつ壊れてもおかしくなかったと思う。応援してくれている妹と彼女のおかげでこの紛争地帯を耐え抜くことができた。
1年が経過しただろうか、俺は人の死を見てももう動じる事は無くなっていた。うろたえる暇があるならば、その人たちの死が無駄にならないよう、これから同じような人々を出さないためにも行動することが大事だと分かっていたからだ。
だが、心が動じない理由は今思えばこれだけではなかったと思う。多分、人の死というものに慣れてしまっていたのだろう。
品種改良によりどんな疲弊した土地でも作物が育つ野菜、汚い水を綺麗にする装置の開発、伝染病の治療薬の開発、時には交戦派の思考を強制的に平和に物事を進められるように書き換えたりもした。市民は暮らしが豊かになったことで争うのをやめ、自分の利益だけを求めていた一部の交戦派の思考が書き換えられたことにより内戦は直ちに収束した。
人の思考を書き換えるのは人道的にどうかとは思ったが、人が大量に死ぬよりはいいと思い実行に移した。
こうした活動を繰り返し、世界中の紛争をなくすべく動き回った。
俺の活動は世界の重鎮たちの目にも留まった。俺は様々な国から自国の問題を解決させるための協力要請が舞い込んできた。
しかし、当初の目的を完遂させる為に、俺はその要請を断り続けた。
あまりに忙しいため、日本での電話のやり取りも少なくなり年に1回程度になっていた。
その代わり余計なことに手間取らなかったため、思ったよりも速く世界中の紛争を無くすことができた。
それは日本を発ってから5回目の春を迎える頃だった。
やり遂げたことを早速電話で報告しようと思ったが、驚かせてやろうと悪戯心が芽生え内緒で日本に帰ることにした。
日本に帰って来るとあまりの平和さに思わず笑いそうになりつつ、5年ぶりに空港で販売していた日本の新聞を手に取った。その行動には特に深い意味はない。妹や彼女との話のネタになりそうなものはないかと考えただけだ。一面には紛争解決に奔走していた俺のことが記事になっていた。流石に恥ずかしく思い新聞を開いた。
新聞を読み勧めると一つの小さな記事が目に留まった。それを見た瞬間、俺はの中で歯車が狂い始めた。
先週、彼女は亡くなっていた。
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