第1話 怨嗟と絶望
「いやー、大漁大漁」
魚をカード化させた後、俺はご機嫌でファンタ1号を走らせた。
あの光景は気持ち悪かったが、これだけの量があればマルナさんも喜ぶに違いない。マルナさんの笑顔を見られると考えるだけで機嫌が良くなるのはしょうがない。
「おにいちゃん、この後どうするの? もうルーナ国に帰るの?」
「いや、もう一箇所寄る所があるんだ」
「寄る所?」
「ああ、防空設備を整えないといけないからね」
目指すはアワリティア王国とスペルビア王国の境目にある森だ。
もう他国によることはないため、暫く暇な時間が続く。マリには数日間の献立でも考えてもらい暇を潰してもらおう。
そうして数時間後、目的地付近にやってきた。
「――――!?」
「ん? お兄ちゃんどうしたの?」
「い、いや、なんでもないよ」
一瞬、一瞬ではあったが、はるか先に見える森から発せられたなにかが背中を撫で、悪寒が全身に伝播した。気のせいだろうか。
「マリ、周囲に魔物もいないし今日はここで野宿しようか」
「はーい」
今日の晩御飯はいつもより豪勢にいこう。
数十種類のパンに、カボチャもどきのスープ、噛み応えのあるミノタウロスのステーキと口の中に入れただけで蕩ける、丸いフォルムの牛みたいな害獣のステーキ、そしてグラタンもどきだ。
今日のメニューを見たとたんマリの目は輝き、もう待てないと俺に早く席に座るように言い、笑顔で食事を始めた。マリはご飯を食べている時が一番可愛いと思う。
食事が終わると、星空を眺めながら簡易風呂に浸かり長旅の疲れを癒した。入浴後、瞼を重そうにしていたマリは、寝床の準備を済ませると同時に眠りについた。
「おにいちゃん、おやふみ……」
「ああ、おやすみ」
お腹一杯の食事、暖かいお風呂、ふかふかの布団、静かな空間。これだけの条件が揃っているんだ。マリは熟睡するに違いない。
いい夢が見れますように。
「ここら辺だな」
時刻は深夜2時くらいであろうか。俺は旅のもう一つの目的であるゴーレムの核を手に入れるために、以前グラスゴーレムが出没した場所までやってきた。
「この森、魔物の数はそんなに多くはないはずなのに何か嫌な予感がするんだよな」
ダークラビットリングで魔物の位置は分かるが、どんな魔物か、どれだけの強さかまでは分からない。しらみつぶしに探していくしかないわけだが、森に近づくにつれ、以前どこかで感じたことがあるような嫌な気配が漂っている。
魔物の数自体はそんなに多いわけでもない。しかし、この正体不明な感覚のある場所へマリを連れてくることは危険と判断したため、マリがファンタ1号内で熟睡しているこの時間帯に調査に乗り出した。
マリにバレたら後で怒られるかもしれない。何か言い訳を考えておかないとな。
無造作に生い茂る雑草を踏み分け、時には木々を飛び移りつつ、魔物が一番多く固まっている集団へ向かった。
「――ぃ」
森の奥に進むにつれ、嫌な気配が濃くなっているような気がする。時々魔物のうめき声も聞こえている。これは心してかかった方がいいかもしれない。
「――くぃ――くぃ」
うめき声は次第に大きくなり――――。
「憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!」
うめき声と思っていたそれは、懐かしき日本語で唱えられた怨嗟であった。
「〇△〇〇△△▽〇!」
「~=~=>>==!」
いや、日本語だけではない。俺の知らない言語も同時に鼓膜まで届いてきた。何て言っているかは分からないが、その声色から、恨み、妬み、憎しみが篭められていることだけは分かる。
何故、どうして、ここは一体……。考えようにも、突然の出来事に混乱して頭がついていかない。
しかし、混乱している頭の片隅で妙に落ち着いている俺がいた。
なるほど、納得だ。この森一体を包んでいた嫌な気配。そりゃあ覚えがあるはずだ。いや、正確には今思い出した。何で忘れていたのだろうか、これはこの世界に来る前、つまり、地球にいた頃の俺に最期まで向けられ続けていたものなのだから。
何かにひき付けられる様に更に奥に向かい走り始めた。途中魔物の群れと幾度となく遭遇したが、脚力を生かして魔物と魔物の間を糸を縫うように進んでいく。
どれだけ進んだのだろうか。気がつけば日が昇り、辺りが明るくなっている。
しばらくすると、森が開けた所に辿りついた。
そこの中央には、この場に不似合いで巨大な白い石版に囲まれている場所があった。
そこから魔物が湯水のように溢れ出てきていた。様々な種族の魔物がいるせいだろうか、違う種族が互いに殺し合い、食らい合っている。
そんな魔物たちを尻目に、俺は石版の中へと足を踏み入れた。
途端に全身が光で包まれ、周囲の景色が歪み、不快な吐き気が襲ってくる。もはや時間の感覚さえも分からない。どれだけの時間が経過したのだろうか。空気が重くなり、周囲の景色が暗黒に染まると同時に俺の意識はそこで途絶えた。
わたしとおにいちゃんが光の中を歩いている。繋がれた手からは暖かな温もりを感じることが出来る。楽しい、嬉しい。何かをするわけでもない。何かを話しているわけでもない。ただ、2人で一緒にいられるだけで満足だった。ずっとこのような関係が続くと思っていた。
歩いている場所をよく見てみると、私とおにいちゃんの間には細い溝があることに気がついた。いつからこの溝が出来たのだろうか? 最初からあったのだろうか?
歩く距離が進むにつれ溝が大きくなっていき、手を繋ぐことが不可能になった。私の手から温もりが消えていく。でもまだおにいちゃんはそこにいる。見えている。それだけで私の心は温かい。しかし、ついには私の道とおにいちゃんの道が反対方向になっていることに気がついた。
私の歩いていく先は明るい場所。だけども、おにいちゃんが歩く先は周りの全てを飲み込むほどの漆黒の闇が広がっていた。
待って、待ってよおにいちゃん。私をおいていかないで。そっちに行かないで!
声をかけようとするが一向に声が出ない。声なき声はおにいちゃんには届かない。おにいちゃんはどこに行こうとしているのだろうか。私はどこに向かっているのだろうか。
もうすでにお兄ちゃんの姿は見えない。
私の心は吹雪よりも冷たくなっていた。
「おにいちゃん!!」
目を開けると、いつも通りの光景が広がっていた。明るく照らされた、今では見慣れたファンタ1号の内装に安堵の息をはき、少し落ち着きを取り戻した。
先ほどの夢は一体なんだったのだろうか。全身汗びっしょりで気持ち悪い。
大丈夫、おにちゃんが私の元から消えるはずがない。いなくなるはずが、死んでしまうわけがない。
おにいちゃんが、この旅に出る直前、私はおとーさんの時と同じような、もう会えないのではないかもしれないという感覚に襲われていた。また、私の大切なものが無くなるかもしれない。そう思うと恐怖で眠れなかった。だから、おにいちゃんについて行くことに決めた。
前とは違い今回は私がついている。少なくとも私の知らないところで何か起こることはない。
「おにいちゃん、おはよう」
おにいちゃんがいつも寝ている場所に声をかけるが返事がない。
そこにおにいちゃんの姿はなかった。運転席、トイレ、乗り物の外。どこを探してもおにいちゃんがいない。どれだけ待っても帰ってこない。胸が痛い、息が苦しい。
いないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいない。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
「どこにいったの……」
私の問いかけに答えてくれる人はもういない。
お読みいただきありがとうございます。
第4章の始まりでございます。続きが気になる展開となっておりますが、本日はこれで終了させて頂きます。気になった方はブクマして、明日までお待ちください(ゲス)
ここまで、ブクマ・評価して下さった皆様ありがとうございます。また明日よろしくお願い致します。




