第3話 過去2
心臓の鼓動が早くなる。発汗がとまらない。息が荒くなる。
何の冗談だろうか。彼女が死んだ? そんな馬鹿なことがあるわけがない。
もしかしたら夢なのかもしれない。目を覚ましたら帰りの飛行機の中で、どこからか俺が帰ることを知った彼女が空港で待っていてくれているかもしれない。
でも不思議だ。嚙み締めている下唇が痛い。握り締めている掌につめが食い込んで血が滲んでおり、チクチクとした痛みが嫌でも現実だと宣告する。
乱暴に硬貨を支払うと、新聞を握り締めたままタクシーに乗り込み、目的地を告げる。しかし、不幸にも本日は祝日のため渋滞が起こり車が進まない。
時間がかかることが予測されたため、すぐさま下車して目的地に向けて走った。一心不乱に足を動かし続けた。息が上がろうとも、心臓がはち切れそうになろうとも、転んだとしても止まることなく走り続けた。
目的地に到着すると、白と黒のコントラストが綺麗な一軒家があった。
震える指でそのままインターフォンを押す。しばらくすると、同時に初老の男性が玄関から姿を現した。
その表情は魂が抜けた顔をしており、生気が感じられなかった。……俺の存在に気がつくまでは。
「あ、あの、ご無沙汰しています。真里奈さんは――」
「帰れ!!」
俺をみるや否や、先ほどまでとは違い憎悪が込められた表情を向けられた。この表情、そして、この後に発せられる言葉は永遠に忘れる事がないだろう。
「お前の……お前のせいだ! お前さえいなければっ!!」
「――!?」
初老の男性――真里奈の父親は、拳を振り上げ、何かに耐えるようにそのまま腕を震わしたまま、静かに手を下ろした。
「もう……こないでくれっ!」
その時の俺には、かける言葉がみつからなかった。彼の表情、態度が全てを物語っていた。彼女は本当にもういないのだ。そして、その原因を作ったのは恐らく俺だ。
喪失感を感じながら踵を返し、自宅へ戻る。
「あ、にいさん……おかえりなさい」
「――っ」
懐かしい妹の顔を見たとたん、せき止められていた物が一気に流れ出した。 妹は何も言わず俺を受け止め、一緒に泣いてくれた。
しばらくして落ち着くと、妹の口から事件の真実が聞かされた。
そして再び俺は絶望した。
犯人は、俺が紛争を収めた国の1人の青年であった。もう内戦の意思は無いものと判断し、何もせずに開放した敵側の人物だ。
真里奈は俺の家の玄関前で、どうやってか俺の住所を手にいれた青年と出会ってしまい、そのまま刃物で数回刺されたそうだ。その時たまたま近くを通りかかった警官が、緊急事態だと犯人に向かって発砲し、それが胸部に命中したため、そのまま出血多量で死んだそうだ。
どのようにして俺の住所を入手できたか、何を思ってこのような犯行に及んだのか。犯人が死亡してしまった今ではもう知る術はない。
今ならば彼女の父親の気持ちが良く分かる。まぎれもなく俺のせいだ。 馬鹿げている。どうしてこんなふざけた理由で彼女が死ななければならないのか。 俺の今までしてきたことは間違っていたのだろうか。これから俺はどうすればいいのだろうか。
「真里奈さんは最後まで笑っていたよ。兄さんなら必ず世界を平和にしてくれるって。でも――」
彼女の最後の遺言。それは確かに俺に希望を与えてくれた。
世界平和。
確かに紛争問題は片付いた。しかし、今度は国家間での戦争が勃発しようとしている。この国家間の争いをなくさない限り、平和は永遠に訪れないだろう。
最愛の妹が、そして、最愛の彼女が最後に望んだものだ。俺は平和のために一生を奉げよう。そうでもしないと、あの世で彼女に合わせる顔がない。世間にどう思われようとも、敵をどれだけ増やそうとも、この時から俺に甘えはなくなり――俺は再び間違いを犯した。もし、妹の言葉を最後まで聞いていたならば、また別の結末が待っていたのかもしれない。
まずは、最愛の妹を彼女と同じ目に合わせないようにすることがまず先決だ。幸いにも、金は吐いて捨てるほどあったため自宅にボディーガードを雇う事にした。
そして、俺がこの家にいれば妹が危険な目に合う確立は高くなってしまう。優しい妹のことだ。それでも一緒にいたいと言ってくれるだろうが、今回ばかりは妹の言うことを聞くわけにはいかない。置手紙だけを残して、深夜に家を出ることにした。
家を出てからは妹に教えてもらった真里奈のお墓に向かう。
墓石に触れても硬い感触があるだけで、彼女の柔らかさも、温もりも感じることは出来ない。嫌でも現実を見させられる。だが、現実から目をそらしている場合でもない。
「お前の最後の願い、絶対に叶えて見せるからな。それじゃあ、行ってきます」
俺は新たな決意を胸に、日本を発った。
俺は寝る間も惜しんで働いた。弱小国側につき、武力で制圧をしようとした国に対しては、より高度な兵器を造り戦意をそいだ。その兵器を利用して侵略に乗りだそうとした弱小国の首脳陣たちには有無を言わさずその腐った思考を書き換えた。
国王とその部下たちが、国民を好き放題にしている国もあった。早々に国王たちには引退してもらい、変わりに国家運営も携わった。権力を握るものがいなくなった途端、次は自分がうまい汁を吸おうとするものが現れた。それを消しても、また同じような考えのやつが現れた。だから、危険な思想がみえる国民は全て思考を書き換えた。中には異を唱える国民もいたが、異を唱えるという思考そのものを書き換えた。
ある時、わざわざ自分で出向いて思考を変えるのは手間がかかることに気がついた。だから、世界中を監視できるシステムと、遠隔で思考を変化させる機械を発明することにした。
この時になって世界の大国は俺というを正しく認識し、恐怖した。そして、数々の国に狙われるようになった。俺はその度に基地や兵器工場を破壊することにした。もっと早いうちに兵器なんてものを無くすべきであったと思った。しかし、その考えに至るのは遅すぎた。
彼らは俺を消すのではなく、俺の居場所を無くすことを選ぶことにしたのだろう。今まで協力することのなかった国々が手を取り合い、残されたミサイルを日本に向けて一斉に撃ち込んだ。数十発ものミサイルを同時に打ち落とすことなんて不可能であった。自分を守るシステムは作ってあっても、自分以外を守るシステムは作っていなかった俺にも、発射された後ではどうすることも出来なかった。
再び俺は愛する人を失った。例の機械を発明した直後の事だった。
その後のことは良く覚えていない。ただ、結果として世界は平和になった。
しかし、世界中の人々の顔に笑顔は見られなかった。今までどおり生活しているものの、そこに喜怒哀楽はなかった。生きているというよりも、ただ動いているといったほうが正しいかもしれない。
兵器での戦いの爪跡も大きく、自然は激減し、空気も汚れていた。
かつて望んでいたように、そこには争いはなかった。そして、幸福もなかった。
妹が喜んでくれた、彼女が喜んでくれた。この2つが俺の人生に大きく関わっていたのは言うまでもない。ただ、それだけではないことに気がついた。ふと荷物を整理していると、一枚の写真が出てきた。それは、二酸化炭素を酸素に変える装置を作り出したときに撮った写真だった。緑輝く自然を背景に、様々な国籍の研究者が肩を抱き合い、笑顔で笑い合っていた。この時は、互いに喧嘩をしながらも最高のものが作りあがっていた。本気で喧嘩をしたからこそ、互いに信頼できてこのような笑顔に繋がったのかもしれない。
俺はこの笑顔が好きだった。
ようやく間違いに気がついた。
間違い続けた俺は死を選ぶことにした。色々と耐えられなくなり、彼女と妹の下に行きたかった。だけれども、死の直前に最後の希望が生まれた。
一度は完全に無くなったはずなのに、怒り、憎しみといった感情を持つ人間が現れた。次第にその人数は膨れ上がり、多少の諍いはあるものの、その顔には今までにないほど生気が漲り、国境を越えて全ての人が手を取り合い俺に抗おうとしていた。人間の強さというものを見せられた。
一筋の水滴が頬を伝う。それは、すでに無くしたと思っていた涙だった。 俺は、今度こそ間違いを起こさないように自分の命を使う事に決めた。
今、自宅の周囲を持てる兵器を最大限持ちより世界各国の人間に囲まれていた。
これでもう最後になるだろう。俺は引き出しから2枚の写真を取り出した。1枚はあの自然でと笑顔に溢れた写真、そしてもう一つは、俺と妹、そして彼女の3人でとった写真だ。
これから、人類が生活をするのには様々な困難がもたらされるだろう。だけども、人間は強い。きっと乗り越えてくれるだろう。最後に俺にできることは、再び人類が歩き出すために、人類最大の敵として死を遂げるだけだ。俺の最後の発明品となる液体Xと液体Yを眺める。この2つが合わさると、全ての金属を風化させ、自然を蘇らせることができる。本当の意味で人類が1からやり直すことが出来る。
写真を胸に抱き、液体Xと液体Yを混ぜ合わせる。瞬間、大規模の爆発が巻き起こり、俺の存在は消失した。
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