第5話 マルナ
歩き続けて1時間、人を探すならダークラビットリングを使えばいいじゃないと今更ながら気がついた。
ふむ、この中でウロウロさ迷っているのは――――あっちだな。
「マリ、今度はあっちを探してみよう」
「うん!」
お腹いっぱい食べられたせいか、1時間歩いているのにマリはご機嫌だ。しかし、このまま歩き続けるのも可愛そうだ。今から行く所に母親がいますように。
「――――ッマリ!」
「あ、おかーさん!」
どうやら、当たりだったようだ。マリの母親らしき人が駆け寄ってきた。マリの母親らしきひとが……母親? どうみても大学生位にしか見えないのだが。そして思ったとおり母親?も美人だな。マリと違うところといえば、腰まで伸びたロングヘアー位であろうか。というか、アイドルですね、わかります。
「よかった、本当に無事で良かったわ」
「ご、ごめんなさい……うわぁぁぁん」
母親がマリに抱きつくと、マリも次第に表情を崩し、俺の手を放して母親に抱きついた。やはり迷子になって心細かったのだろう。見つかって良かった良かった。心がほっこりする光景だな。もう、あの兵士のことなんか頭の中から抹消されたよ。
2人がしばらく抱き合った後、母親が改めて俺のほうをみた。
「マリをここまで連れて来てくれてありがとう。えっと、あなたは……」
「はじめまして、僕の名前はソ――」
「おにいちゃんは、ソウサクおにいちゃんっていうんだよ! おとーさんおかーさんとはぐれたらしいから、マリが一緒に探してあげてたの!」
泣き止んだのか、マリが俺の発言に割り込んできた。
「ソウサク君ね。私はマルナよ、よろしくね」
眩しい、マルナさんの笑顔が眩しすぎる。
「それでソウサク君、あなたのご両親は?」
「あー、それが今思い出したんですけれども、王都で上流平民区域に10日ほど行ってくるからここで宿でも取って待っとくようにと、親から言われてたんでした」
ちらりとマリを見ながら、適当にでっち上げた内容を言う。マルナさんもマリに視線を移した後、俺に視線を戻して小さく頷いた。どうやら、今の状況を察してくれたようだ。
「そうなの。マリ、偉かったわね」
「うんっ!」
マルナさんが褒めると、マリは顔をりんごのように真っ赤にしながら嬉しそうに答えた。
「それで、ソウサク君はこの後どうするの?」
「はい、この後は周辺で宿屋でも探そうかと思いまして」
「周辺といっても、そもそもこの下級平民区域に宿屋はないのよ。中級平民区域より中からは宿屋もあるみたいだけど、よそ者価格だ、冒険者価格だっといってぼったくりにも近い値段らしいの」
「そうなのですか、まあ、最悪野宿でも大丈――」
「えー!おにいちゃんもうどっかに行っちゃうの?」
再びマリが話に割り込んできた。ただ、今度はまた泣きそうになっている。懐いてくれたのは嬉しいけれど、そろそろ中級平民区域に移動しないと本当に野宿になりそうだ。
「なら、こうしましょう――――」
俺がどうしようか悩んでいると、マルナさんが思わぬ提案をしてきた。要するに、この国に滞在している間、マルナさん宅で暮らさないか、とのことだ。しかし、初対面の人を家に招くなんてこの美人、危機感がなさ過ぎではないだろうか?
「マリはね、人の悪意が分かる子で、今まで私達以外に他の人と仲良くしているところを見たことがなかったの。それが、今日ソウサク君と手をつないでいるのを見てびっくりしちゃったわ。だから、あなたが悪い子じゃないということは分かっているからこうやって誘っているの」
「そうだったのですか。でも、うーん……」
そんな能力があったのかと驚いてマリに視線を戻すと、ソワソワと何かを期待した目でこちらを見ていた。ソウサクはもう逃げられない!
「それでは、お言葉に甘えて10日ほど宜しいでしょうか? 勿論、お金は払います」
「あら、お金なんて子どもが気にしなくてもいいのよ。それに10日といわず、もっといてくれてもいいのよ? ふふふっ」
美人の笑顔は破壊力が凄い。まるで全てを包み込んでくれる聖母のようだ。眩しすぎて後光が見える。胸の鼓動が激しく鳴り響く。不整脈だろうか?
「やったー、おにいちゃんと一緒だ! いっぱいお話しようね!」
俺が泊まることを承諾したため、マリも笑顔で大喜びだ。この笑顔を曇らせないで済んだのは本当によかった。
宿屋がないと聞いた時はどうしようかと悩んだが、今となっては宿屋がなくてよかったかもしれない。なんせ2人を眺めているだけで目の保養になるし、荒んだ心も浄化されるオマケつきだ。お金は拒否されそうだから、代わりに食料くらいは提供しよう。
しかし、お世話になるってことは、マルナさんの夫と会うてことだよな。怖い人じゃなければいいのだが。
「マリのお父さんは、何をやっている人なのかな?」
未だに喜んでいるマリに声をかけると、彼女は笑顔で言い放った。
「冒険者!」
あっ、これヤバイやつかもしれない。日頃から魔物を討伐しまくっている凄腕ぞろいだ。俺よりも長い年数冒険者として魔物を倒していたのであれば、おれよりも身体能力は高いかもしれない。それに、この世界の冒険者は見たことおはないが、物語上では冒険者は喧嘩っ早いという印象がある。
どう考えても詰みである。今更やっぱり泊まるのを辞めるなんて言い出せない。どうか、どうか殴られませんように殴られませんように。お宅の娘さん、奥さんには手を出していませんよ! 俺は潔白です。
「それじゃあ、おうちに案内するね。行こっ、おにいちゃん!」
「ふふ、急ぎすぎて転ばないようにね」
マリに手を引かれたまま、俺はどうやったら殴られないで済むのか必死に言い訳を考えるのであった。
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