第9話 泥を啜る者たち
「離しなさい! 無礼よ、私はアデルヴァイト公爵家の娘なのよ!」
憲兵に両腕を拘束されたロザリアが、髪を振り乱して狂乱の叫びを上げていた。
先ほどまでの傲慢な輝きは見る影もなく、着飾った真紅のドレスは無様に乱れ、社交界の貴族たちから浴びせられるのは好奇と嘲笑、そして冷淡な蔑みの視線ばかりだった。
「お、お待ちください、殿下! 私は……私は嵌められたのです!」
ジュリアンが床に額を擦りつけ、見苦しく叫んだ。
「すべてこの女――ロザリア・アデルヴァイトに唆されたのです! エルヴィラ嬢を失脚させれば公爵家の莫大な持参金が手に入ると誘惑され、近衛の立場を利用されただけにすぎません! 私は無実です!」
「ジュリアン……!? な、何を言っているの!? ティアラを盗む策を言い出したのはあなたでしょう!?」
「黙れ、浅ましい売女め! 公爵家の権勢を笠に着て、私を操っていたくせに!」
かつて愛を誓い合い、エルヴィラを踏みにじった二人が、保身のために互いの喉笛を噛み千切り合っている。
その見苦しい痴話喧嘩を、エルヴィラは冷ややかに見下ろしていた。
「まあ、見苦しい道化のお芝居ですこと」
エルヴィラは一歩前へ進み出ると、懐から一通の書類を取り出し、セドリックの前へ差し出した。
「セドリック殿下。ジュリアン様が近衛の職権を乱用し、ボルドー侯爵と共謀して魔導鉱石の横流しに関与していた証拠の数々にございます。……ロザリアお姉様は、その書類に『次期当主』気取りで署名と印を貸し与えておいででした」
「な……!?」
ジュリアンの顔が今度こそ土気色に染まる。
「貴様ら二人の罪状は、窃盗未遂だけに留まらんようだな」
セドリックは書類を一瞥し、処刑台の宣告のごとく冷酷に言い放った。
「近衛騎士ジュリアン・ラングレー。国家反逆および横領の主犯として騎士資格を剥奪、全財産を差し押さえのうえ北方の魔導鉱山へ無期限の強制労働に処す」
「ひっ……! ご、ご慈悲を、殿下、ご慈悲を――!」
泣き叫ぶジュリアンは、憲兵たちによって容赦なく引きずられていった。
「そして、ロザリア・アデルヴァイト」
セドリックの冷徹な氷藍の瞳が、床にへたり込むロザリアを射抜く。
「共謀の罪により、本来であれば地下牢行きだが……エルヴィラの『慈悲』に免じ、極刑は見送る」
「え……?」
ロザリアがおそるおそる顔を上げた。
「その代わり、貴様の社交界への立ち入りを無期限で禁止。アデルヴァイト家における一切の財産権を剥奪し、屋敷内での謹慎を申し付ける。……以降、公爵家のすべての差配は、婚約者であるエルヴィラが執り行う」
「そ、そんな……! 私の華やかな人生が……公爵家の跡目が……!」
社交界からの完全追放。財産の剥奪。
美貌とお金と見栄だけを生きがいにしてきたロザリアにとって、それは死ぬよりも屈辱的な「生殺し」の罰だった。
「お姉様」
エルヴィラはロザリアの前にしゃがみ込み、その耳元に冷たく囁いた。
「地下室の埃っぽい空気、これからはお姉様が味わう番ですわ。……せいぜい、私が恵んで差し上げる端金で、慎ましく生きていくことですことね」
「ぎ……ぎぎぎ……エルヴィラぁぁぁっ!」
ロザリアの絶叫が薔薇園に響き渡る中、憲兵によって屋敷へ強制送還されていく。
母と次女の暴虐を打ち砕き、公爵家の実権を完全に手中に収めたエルヴィラ。
だが、真の嵐は、この劇的な勝利のすぐ背後にまで音もなく迫っていた。




