第8話 社交界の断罪劇
降り注ぐ陽光の下、皇宮の薔薇園は色とりどりのドレスを纏った貴族たちで埋め尽くされていた。
豪奢な東屋の中央、豪奢なガラスケースの中に鎮座するのは、本日の目玉である皇室秘蔵の宝飾品――『青星のティアラ』。
サファイアが散りばめられた至宝の輝きに、貴婦人たちが感嘆の溜息を漏らしている。
「皆様、ご歓談のところ恐れ入ります」
突如、張り詰めた声が薔薇園に響いた。
近衛の正装に身を包んだジュリアンが、鋭い足取りで中央へ進み出る。その隣には、胸元を大きく開けた真紅のドレス姿のロザリアが、これ見よがしに扇子を広げて寄り添っていた。
「近衛騎士団員として、看過できぬ事態が発生いたしました。……先ほどまで展示されていた『青星のティアラ』が、忽然と姿を消したのです!」
ざわめきが波のように広がる。
ジュリアンは冷酷な笑みを隠しもせず、東屋の柱の陰に佇むエルヴィラを指差した。
「賊はまだこの園遊会の中にいる! そして――私は先ほど、不審な手つきで展示台の裏へ回り込んでいた『ある令嬢』を目撃しました。エルヴィラ・アデルヴァイト嬢、君だ!」
「まあ……!」
「アデルヴァイト家の三女が、皇室の宝物を盗んだというの!?」
貴族たちの視線が一斉にエルヴィラへ突き刺さる。
ロザリアが一歩前に出ると、わざとらしく悲痛な表情を作って両手を胸の前で組んだ。
「ああ、エルヴィラ……! 日陰者の身分から這い上がりたいあまり、皇室の至宝にまで手を染めてしまうなんて! お姉様として情けなくて涙が出ますわ! さあ、潔くその手提げ袋の中身をお見せなさい!」
群衆の嘲笑と侮蔑の視線の中、エルヴィラは動じることなく、首を傾げてみせた。
「私の手提げ袋、ですか? 身に覚えのない言いがかりでございますが……」
「往生際が悪いぞ! 近衛の権限において中身を改めさせてもらう!」
ジュリアンが勝ち誇った顔でエルヴィラの手提げ袋をひったくり、逆さにして中身を大理石のテーブルへとぶちまけた。
転がり出たのは、ハンカチと手鏡、そして――小瓶に入った数本のインクだけ。
ティアラなど、欠片も存在しなかった。
「な……!?」
ジュリアンの顔から血の気が引く。
「ば、馬鹿な! 確かにあの袋の中に滑り込ませたはず……あ」
「滑り込ませた……? まあ、ジュリアン様、今なんと仰いましたの?」
エルヴィラが鈴を転がすような声で問いかける。
「ち、違う! どこか別の場所に隠したに違いない! この女の身体検査を――」
「見苦しい騒ぎだな」
凍てつくような低音が、広間の空気を一瞬で氷結させた。
群衆が左右へ割れ、漆黒の軍服を纏ったセドリックが冷然と歩み出てくる。その背後には、冷酷な眼光を放つ憲兵隊がずらりと控えていた。
「せ、セドリック殿下……!」
ロザリアが媚びるような笑顔を取り繕い、駆け寄ろうとする。
「殿下、騙されてはなりませんわ! このエルヴィラがティアラを盗み――」
「黙れ、浅学な毒婦が」
セドリックは一瞥すらくれず、冷徹に言い放った。
「ティアラなら、先ほど展示用の『模造品』から本物へと回収させたところだ。……そして、その模造品を持ち去ろうとした現場を、我が憲兵がすでに押さえている」
憲兵隊長が進み出て、広間の床へ『ある物』を投げ出した。
それはロザリア自身の私物である豪奢な宝石箱。その中から、青く輝くティアラがゴロリと転がり出た。
「なっ……な、なんで私の宝石箱にそれが……!?」
ロザリアが悲鳴を上げる。
「あら、お姉様」
エルヴィラが優雅に歩み寄り、ロザリアの耳元で氷のように冷たい声で囁いた。
「ジュリアン様が私の袋へティアラを忍ばせようと手練手管を使っていた隙に、殿下の憲兵に命じて、そっくりそのままお姉様の宝石箱へ移し替えさせていただきましたの」
「あ、貴女……仕組んだのね……!?」
「公衆の面前で皇室の至宝を窃盗し、あまつさえ他者へ濡れ衣を着せようとするとはな」
セドリックの冷酷な宣告が、薔薇園に響き渡った。
「ラングレー伯爵令息、並びにロザリア・アデルヴァイト。――貴様ら二名を、皇室侮辱罪および窃盗誣告の現行犯として拘束する」
憲兵の手が二人の肩を掴んだ瞬間、ロザリアの絶叫が華やかな社交界の空を切り裂いた。




