第7話 傲慢な姉の焦燥
勅使が去った後、公爵邸の本邸は嵐が過ぎ去ったあとのような静けさと、重苦しい敗北感に包まれていた。
北の離れから本邸の一等室へと移ったエルヴィラの元には、かつて彼女を日陰者と蔑んでいた使用人たちが、手のひらを返したように擦り寄ってきていた。
だが、エルヴィラはそれらを冷ややかに受け流し、自室の机で公爵家の膨大な帳簿を淡々と精査していた。
「――やはりね。サロンの維持費に宝石の購入費、ロザリアお姉様のお茶会代だけで、毎月領地の年間予算に匹敵する額が消えているわ」
エルヴィラがペンを走らせていると、ノックもなしに扉が乱暴に開け放たれた。
「エルヴィラ! よくも、よくも私の衣装代と宝飾費の決済を止めてくれたわね!」
仁王立ちで怒鳴り込んできたのは、顔を真っ赤にしたロザリアだった。背後には、いまだ事態を飲み込めず不機嫌そうに眉をひそめるジュリアンが付き従っている。
「あら、ロザリアお姉様。公爵家の令嬢たるもの、扉を叩くという初歩的な礼儀はお忘れにならなくて?」
「口答えするな! 皇子殿下の気まぐれで指輪を賜ったからと、調子に乗るんじゃないわよ! どうせボルドー侯爵に売られるのを恐れて、卑しい色仕掛けでも使ったのでしょう!?」
「色仕掛けで動くほど、セドリック殿下が甘い殿方だとお思いですか?」
エルヴィラは冷ややかに視線を上げ、二人を見据えた。
「帳簿の不正支出はすべて差し押さえました。無駄遣いをなさりたいのなら、ご自身の持参金か、そちらのラングレー伯爵令息におねだりなさることね」
「貴様……!」
ジュリアンが侮蔑を込めてエルヴィラを睨みつける。
「少しばかり実権を握ったからと増長するな。身分も後ろ盾もない妾腹が、皇宮の社交界という荒波で生き残れるとでも思っているのか? 三日後には皇室主催の歓迎園遊会がある。そこがお前の破滅の場になるぞ」
「あら、ご忠告痛み入りますわ、元婚約者様」
エルヴィラはふっと艶やかに微笑んだ。
「けれど、心配なさるべきはご自身の手首の軽さではありませんこと?」
「な、なんですって!?」
「失礼、独り言ですわ。それでは、私にはこれより殿下への報告書を作成する義務がございますので。――お引き取りを」
ピシャリと扉を閉ざされ、ロザリアは廊下で悔しげに爪を噛んだ。
「許せない……許せないわ! あんな泥棒猫に、この私が顎で使われるなんて! ジュリアン、絶対に許さないわよ!」
「ああ、ロザリア。あの女に思い知らせてやらねばならん。園遊会で、二度と立ち上がれないほどの恥をかかせてやる」
ジュリアンが耳元で悪辣な笑みを浮かべて囁く。
「園遊会には、皇室秘蔵の『青星のティアラ』が展示される。……それをエルヴィラの私物の中に紛れ込ませ、盗難の現行犯として告発するんだ。皇室の宝物を盗んだとなれば、いくら殿下の覚えがめでたくとも即座に処刑、良くて地下牢行きだ」
「まあ……! 名案ですわ、ジュリアン!」
ロザリアの瞳に、浅薄で醜悪な歓喜の光が宿る。
「ふふ、あんな小娘、私が本気を出せば赤子の手をひねるようなものよ。園遊会で大恥をかかせて、公爵家の跡目も、皇子殿下の隣も、すべて私が奪い返して差し上げますわ!」
廊下に響く二人の密談を、エルヴィラは部屋の中から冷徹な耳で聞き取っていた。
(皇室の宝飾品の盗難偽装……本当に、底が浅くて救いようがないわね)
エルヴィラは机の上の白紙に、すらすらと園遊会の警備配置図を描き殴った。
「自分で掘った墓穴に、自分から飛び込んでくださるのだから世話はないわ。――園遊会の晴れ舞台、せいぜい華々しく散って見せてね、お姉様」
エルヴィラの唇が、獲物を狙う毒蛇のように妖しく弧を描いた。




