第6話 皇室からの勅使
翌日の正午。
アデルヴァイト公爵邸の豪奢な応接間には、エレオノーラとロザリアの高らかな笑い声が響き渡っていた。
「まあ、オホホホ! ボルドー侯爵閣下から正式なお手紙が届きましたわ、お母様! 『昨夜見かけた藍色の小鳥を、ぜひ我が屋敷の籠に迎えたい』ですって!」
銀のフォークで焼きたてのスコーンを弄びながら、ロザリアが勝ち誇った笑みを浮かべる。
母エレオノーラも上機嫌に紅茶のカップを傾けた。
「ええ、よくやったわロザリア。これで我が家の負債も片付き、あの忌々しい泥棒猫も目障りな視界から消える。……あの子には侯爵の後妻という身分すら勿体ないけれど、公爵家の肥やしになれるのだから感謝してもらわなくてはね」
「本当ですわ! エルヴィラを片付けたら、次は公爵家の跡目ですわね。あの冷血で何を考えているか分からないクラウディアお姉様なんて、帝都の小難しい役職にでも放り出しておけばいいのです。……ふふ、私が本気を出せば、あのお姉様にだって負けませんもの!」
「当たり前ですよ、ロザリア。我が公爵家の正統な後継者に相応しいのは、愛らしくて素直なあなただけです。クラウディアのような可愛げのない娘に家を継がせてたまるものですか」
圧倒的に才覚が劣っているにもかかわらず、根拠のない万能感に浸る次女と、それを盲目的に甘やかす母。二人が描く薔薇色の未来絵図に酔いしれていた、その時だった。
ドォン――!
突如、館全体を揺るがすような重厚な鐘の音が鳴り響いた。
続いて、顔を真っ青にした執事が転がるように応接間へ飛び込んでくる。
「お、奥様! ロザリア様! た、大変でございます! 皇宮より、金鷲の紋章を掲げた近衛騎士団が……勅使様が参られました!」
「な、何ですって!?」
エレオノーラがカップを取り落とし、紅茶が純白のテーブルクロスを汚す。
勅使――それも皇帝直属の近衛を従えた使者など、国家の一大事でしか動かない。
「ま、まさか……ロザリアの類稀なる美貌と才気が皇帝陛下の耳に届き、皇室への輿入れが決まったのではなくて!?」
「まあお母様! 私、まだ心の準備が……!」
手を取り合って身を震わせる母娘。
二人が大慌てで玄関ホールへ駆け下りると、そこには黒と金を基調とした儀礼鎧に身を包んだ近衛兵たちが整列し、冷徹な空気を放つ勅使が巻物を手に立っていた。
その厳粛な空間の隅、北の離れから呼び出されたエルヴィラが、古びた藍色のドレスのまま静かに控えていた。
「アデルヴァイト公爵家の者たちよ、神妙に詔勅を聞くが良い!」
勅使の鋭い声が広間に轟き、エレオノーラとロザリアは我先にと最前列で床に平伏した。
「帝国第1皇子、セドリック・フォン・ガイストハイム殿下の命により申し渡す!」
(ああ、やっぱり! 第1皇子殿下の妃に私が選ばれたのね!)
ロザリアは歓喜に胸を高鳴らせ、顔を上げかけた。
だが、勅使の口から紡ぎ出された言葉は、二人の鼓膜を粉々に破壊する一撃だった。
「――『アデルヴァイト公爵家三女、エルヴィラ・アデルヴァイト。その卓抜した知略と才気を認め、ガイストハイム皇家の第一契約妃として宮廷へ召し出す。同時に、病床の当主に代わり、公爵家の財政および鉱山管理の全権をエルヴィラ嬢へ委任する』」
「………………は?」
静寂が、広間を支配した。
ロザリアの口から間抜けな声が漏れる。
「ちょ、ちょっとお待ちくださいまし!」
エレオノーラが血相を変えて立ち上がった。
「何かの間違いではございませんか!? エルヴィラは妾腹の、何の取り柄もない雑用係です! 我が家の誇る才媛は、こちらの次女ロザリアでして――」
「控えよ、無礼者!」
勅使の手が、腰の佩刀の柄にかかる。冷酷な殺気に、エレオノーラは悲鳴を上げて腰を抜かした。
「皇子殿下の御意志を疑うか。この証を見よ!」
勅使が掲げた親書には、皇室の絶対なる金印。
そしてエルヴィラがそっと差し出した左手の薬指には、燦然と輝くガイストハイム家の『黒曜石の印章指輪』が嵌められていた。
「嘘……そんな、嘘でしょ!? あんな泥棒猫が、皇子殿下の婚約者……!?」
ロザリアが床にへたり込み、狂乱したように叫ぶ。
そんな母娘を見下ろしながら、エルヴィラは静かに歩み寄り、完璧で優雅なカーテシーを披露した。
「お母様、ロザリアお姉様。……殿下の仰せの通り、これより公爵家の鍵と帳簿はすべて私が預からせていただきますわ。お二人の無駄遣いも、今日限りで厳しく監査いたしますので、覚悟なさってくださいましね」
紫紺の瞳に宿る、冷徹で蠱惑的な光。
自分たちが生贄として売り飛ばそうとした娘に、公爵家の首根っこを完全に握られた瞬間だった。




