第34話 白日の断罪・母娘の完全失脚
静まり返った大評議会ホールに、エルヴィラの涼やかな声が響いた。
「皇帝陛下。まずは先代当主バルタザール・アデルヴァイトの正式な遺言状を提出いたします。帝国司法省の厳封印、および法務官三名の立ち会い署名が揃った、真正なる文書でございます」
エルヴィラの手から差し出された羊皮紙を、老皇帝の側近が恭しく受け取り、玉座の前で広げた。
老皇帝は目を細めて目を通し、短く頷いた。
「相違ない。バルタザールの直筆署名と公爵印、そして司法省の印章だ。家督と全権はエルヴィラへ単独継承されると明記されておる」
「な……っ!?」
エレオノーラが息を呑み、ロザリアが取り乱して叫んだ。
「嘘ですわ! そんな紙切れ、この女が偽造したものに決まっております!」
「黙れ、喚くな」
セドリックが一歩踏み出し、冷徹な声で一喝した。
その威圧に、ロザリアは喉を詰まらせて後退る。セドリックは漆塗りの盆に載った真鍮の筒を指差した。
「昨夜、帝都外郭の新型魔導窯プラントへ放火・爆破を試みた工作員十二名を現行犯で拘束した。これは現場で押収されたポルト・ヴェッキオ製の特殊信管だ。……そして工作員たちの供述調書と、首謀者への送金記録がこれだ」
セドリックが机上に叩きつけたのは、監査局が作成した分厚い調書だった。
「犯行を教唆したのはヴァーミリオン伯爵。工作資金の出所は、ポルト・ヴェッキオの『十人評議会』から第2皇子ルートヴィヒの秘密口座を経由した巨額手形だ。……伯爵、エレオノーラ、ロザリア。貴様らの署名入りの受領書もすべて揃っているぞ」
「ひっ……!」
ヴァーミリオン伯爵がその場に膝をつき、額を床に擦りつけた。
「そ、それは……! 第2皇子殿下に命じられただけで……!」
「見苦しいぞ、伯爵!」
ルートヴィヒが青ざめながら声を荒らげる。
「言いがかりだ! 兄上、私を陥れるために証拠を捏造したな!」
「捏造かどうかは、貴様の執務室の金庫を調べれば一目瞭然だ。すでに監査局の兵が入っている」
セドリックの冷酷な言葉に、ルートヴィヒは絶句した。
玉座の老皇帝が、深い失望を込めて杖を鳴らした。
「……第2皇子ルートヴィヒ。他国の資本と内通し、帝国の重要産業を破壊せんとした罪、断じて許されぬ。直ちに皇族位を剥奪し、離宮へ幽閉せよ」
「父上! お待ちください、父上――!」
近衛兵に両腕を掴まれ、ルートヴィヒが無様に引きずり出されていく。
皇帝の冷淡な視線が、残された母娘へ向けられた。
「エレオノーラ、ロザリア。国家反逆および重要施設破壊教唆の共謀罪により、両名をアデルヴァイト家から永久に除籍、帝室地下牢への無期収監を命ずる」
「そんな……! お待ちになってくださいまし、皇帝陛下!」
エレオノーラが髪を振り乱して叫んだ。
「私は公爵夫人ですのよ!? こんな妾腹の娘の言葉を信じるなど――」
「お母様」
エルヴィラが歩み寄り、取り乱す母を見下ろした。その双眸には、憎悪すらなく、ただ絶対的な拒絶だけが宿っていた。
「父上が命を賭して守ろうとした公爵領を、外患と結託して焼き払おうとした時点で、貴女方はすべてを失ったのです。……もう二度と、日の光を見ることはありませんわ」
「エルヴィラ……! 貴女、自分が何をしたか分かっているの!? この悪魔! 恩知らずの泥棒猫がァッ!」
罵声を浴びせながら暴れるエレオノーラと、腰を抜かして泣き叫ぶロザリアは、近衛兵たちによって引きずられていった。
評議場の重い扉が閉まり、狂乱の余韻が断ち切られる。
残された貴族たちは、エルヴィラとセドリックの冷徹な手腕に戦慄し、誰一人として視線を合わせようとしなかった。
エルヴィラは姿勢を正し、皇帝へ向けて深く頭を下げた。
父の誇りを守り、すべての害毒を排除したアデルヴァイトの新当主として、その足元は揺るぎなく定まっていた。




