第33話 皇宮の大評議会・最後の悪あがき
帝都ルディナ、皇宮の大評議会ホール。
高い天井から吊るされたシャンデリアが、居並ぶ百余名の貴族たちを照らし出していた。
玉座には、病がちで青白い顔をした老皇帝が腰掛けている。その傍らには、自信に満ちた表情を浮かべる第2皇子ルートヴィヒの姿があった。
中央の演壇に立ったのは、黒と銀の豪奢なドレスを纏ったエレオノーラとロザリアだった。
市場での大損害など微塵も感じさせないほど念入りに着飾り、エレオノーラは皇帝へ深く一礼した。
「恐れ多くも皇帝陛下。本日、私どもがこの場に罷り越しましたのは、先の当主バルタザール亡き後のアデルヴァイト公爵家における、目に余る専横を訴え出るためでございます」
エレオノーラは目元をハンカチで押さえ、悲痛な調子で声を震わせた。
「妾腹の娘エルヴィラは、病床の夫を脅迫して偽りの遺言状を書かせ、家督と全資産を不当に強奪いたしました。そればかりか、貴族院の諸侯に対し、監査局の権限を私用して言われなき弾圧を加えております!」
すかさず、列柱の前に立つヴァーミリオン伯爵が一歩前へ進み出た。
「陛下の御前で申し上げます! エルヴィラ嬢が進める新型魔導窯の事業は、原材料の手配すら満足にできず、すでに破綻寸前。他国の商館や国内の仲買人との間で巨額の債務トラブルを引き起こしております! このような未熟で不徳な小娘に、帝国屈指の名門を任せることは断じてできません!」
評議場に賛同のざわめきが広がった。
第2皇子派の貴族たちが次々と声を上げる。
「左様! アデルヴァイトの正統な血統は、正妻の子であるロザリア様のみ!」
「不当に家督を僭称するエルヴィラを即刻拘束し、公爵位をロザリア様へ移譲されるべきです!」
ロザリアは胸を張り、得意満面の笑みを浮かべた。
第2皇子ルートヴィヒが満足そうに頷き、玉座の皇帝へ進言する。
「父上。貴族院の総意は明白です。秩序を乱すエルヴィラを公爵家から排除し、正統な後継者であるロザリア嬢を当主として認める勅命を――」
ドォン、と重い金属音がホールに響き渡った。
衛兵が制止する間もなく、評議場の巨大な両開き扉が左右へと押し開かれた。
黒装束の近衛兵を左右に従え、軍服姿のセドリックと、紫紺の正装ドレスを纏ったエルヴィラが堂々と姿を現した。
足音一つ乱れぬ二人の歩みに、騒然としていた貴族たちが息を呑み、左右へと道をあける。
「随分と賑やかな茶番だな、ルートヴィヒ」
セドリックの冷ややかな声が、広大なホールに響き渡った。
第2皇子の眉がつり上がる。
「セドリック兄上……! ここは貴族院と皇室の正式な大評議会です。いかに監査局の長とはいえ、喚問もされていない小娘を伴って乱入するなど無作法極まりない!」
「無作法、ですか」
エルヴィラはルートヴィヒの前に進み出ると、寸分の乱れもない完璧なカーテシーを執った。
顔を上げたその紫紺の瞳は、氷のように研ぎ澄まされている。
「私の当主適格と、公爵家の事業について審議されていると伺いましたので、当事者として釈明の場をいただきに参りましたの」
「ふん、今さら何を言い訳しに来たのよ!」
ロザリアが嘲るように叫んだ。
「市場の原料を買い占められ、納期に間に合わなかった破綻者が! 陛下、早くこの泥棒猫を衛兵に引き渡してくださいまし!」
「破綻、とはおかしなことをおっしゃいますわね」
エルヴィラは冷淡に微笑み、背後の侍従へ合図を送った。
侍従が運んできた漆塗りの盆の上には、羊皮紙の束と、黒く焦げた真鍮の筒が載せられていた。
「新型窯の副原料はすべて適正価格で手配を完了し、プラントは予定通り稼働しております。……それよりもヴァーミリオン伯爵、そしてお母様。昨夜、我が公爵領のプラントで何が起きたか、皆様の前でご説明いただけますかしら?」
黒く焦げた筒を見た瞬間、ヴァーミリオン伯爵とエレオノーラの顔から、血の気が一気に引いていった。




