第32話 闇夜の火の手と青き弾道
市場の暴落から三日後の深夜。
帝都外郭に位置する新型魔導窯の第一プラントは、重い静寂に包まれていた。
石造りの外壁の周囲を、黒い革鎧に身を包んだ十数名の武装集団が音もなく取り囲む。
手には油樽と、細長い真鍮の筒が握られていた。
「手はず通りにやれ」
小頭の男が押し殺した声で命じる。
「窯の熱循環室にこの信管を仕掛けて爆破しろ。中立都市の旦那方から受け取った特注品だ。跡形もなく吹き飛ぶ。……全財産を溶かされた伯爵閣下と奥方様からの、手痛い返礼だ」
男たちが手際よく壁を乗り越え、プラントの心臓部である炉の区画へと侵入した。
導火線に火をつけようとした、その瞬間――
バチィッ!
青白い閃光が闇を切り裂き、信管を持っていた男の右腕が弾け飛んだ。
銃声すらなく、ただ鋭い破砕音だけが響く。
「ぎゃあああっ!?」
「伏兵だ! どこから撃ち込まれた!?」
狼狽する工作員たちへ、二の矢、三の矢のように青い魔導光弾が正確に撃ち込まれた。
プラントの梁の上、そして資材の影から、無駄のない動きで姿を現したのは、黒装束を纏った『影鴉』の精鋭たちだった。
「遅いな。貴様らの襲撃など、三日前から織り込み済みだ」
低く冷徹な声とともに、通路の奥からセドリックが歩み出てきた。
手には試作品の『新型魔導銃』が握られ、銃口から青い魔力の残煙がかすかに揺れている。
その隣には、外套を羽織ったエルヴィラが静かに佇んでいた。
「ひっ……皇子……!?」
残った工作員たちが武器を構え直そうとするが、一瞬で背後から影鴉の刃を突きつけられ、床へ組み伏せられた。
セドリックは抵抗する小頭の喉元を踏みつけ、冷たい切先を眼前に突き立てた。
「誰の指図だ。貴族院のヴァーミリオンか、それとも哀れな公爵夫人の亡霊どもか」
「知らねえよ! 俺たちは金で雇われただけだ!」
「殿下、こちらをご覧ください」
エルヴィラが床に転がった真鍮の筒を布越しに拾い上げた。
筒の底面には、細かな刻印が彫られている。
「『ポルト・ヴェッキオ造兵廠・特製遅延信管』……。自由都市の軍用物資ですわ。市場で資金を失った貴族派に、中立都市が直接テロの道具を融通した動かぬ証拠です」
「海の商人どもめ、ここまで露骨に手を出してきたか」
セドリックは冷ややかに目を細め、足元の男を見下ろした。
「連行しろ。監査局の地下牢で、関わった貴族の名をすべて吐かせろ」
「はっ!」
影鴉の兵たちが、呻く工作員たちを素早く縛り上げて引きずっていく。
静けさを取り戻したプラントの中で、エルヴィラは信管を固く握り締めた。
「ヴァーミリオン伯爵と母たちは、自らの手で完全な破滅を選びましたわね」
「ああ。経済の次は武力による破壊工作か。もはや単なる派閥争いではない、明白な国家反逆罪だ」
セドリックは魔導銃の安全装置を戻し、エルヴィラの方を向いた。
「明朝、皇宮で大評議会が開かれる。第2皇子派は、お前の当主解任を皇帝へ上奏する手筈だったはずだが――」
「ええ。最高の舞台が整いましたわ」
エルヴィラは紫紺の瞳を鋭く輝かせた。
「父上の遺言状、不正手形の流用記録、そしてこの自由都市製のテロ兵器。……すべてを皇帝陛下の御前に並べ立て、あの母娘と腐敗した貴族どもを、二度と這い上がれぬ奈落へ叩き落として差し上げます」




