第24話 監査の鉄槌と凍る帳簿
帝都ルディナ、貴族院の審議会室。
豪奢なシャンデリアの下、怒号が響き渡っていた。
「正気か、エルヴィラ嬢! 我が一族が代々管理してきた南西街道の関所を、皇室直轄の特区に編入するなど断じて認めんぞ!」
声を荒らげているのは、保守派門閥貴族の重鎮、ヴァーミリオン伯爵だった。
長卓の周囲には、同じく既得権益を脅かされた貴族たちが眉をつり上げて座っている。
長卓の端に座るエルヴィラは、紫紺のドレスの裾を整え、冷淡な視線を伯爵へ向けた。
その隣には、軍服姿のセドリックが腕を組み、退屈そうに目を細めている。
「認めない、とおっしゃいますの?」
エルヴィラは手元の革表紙の帳簿を軽く開き、乾いた音を立てて机上に滑らせた。
「ヴァーミリオン伯爵。過去五年間、貴領の関所を通過した物資の課税記録と、中立都市ポルト・ヴェッキオの『フォスカリ商館』にある貴殿の個人口座への入金記録ですわ。数字の辻褄が、三割以上も合わないのはなぜかしら」
「なっ……! そ、そのようなものは捏造だ!」
「捏造ではありませんわ。監査局の公式印が押された、紛れもない事実です。貴殿は中立都市の隠し口座を使い、ガルディニア産の触媒を『中立都市の特産品』と偽装して関税を逃れ、公金を私腹に納めておられました」
エルヴィラは冷ややかに微笑み、伯爵の顔をじっと見つめた。
「脱税額は金貨三万枚。……伯爵、これは貴族院の規約違反ではなく、帝国法における国家反逆罪に相当いたします」
「貴様……妾腹の分際で、この私を脅迫する気か!」
激高したヴァーミリオン伯爵が立ち上がり、腰の佩刀の柄に手をかけた。
その瞬間、背後に控えていた黒装束の近衛――『影鴉』の刃が、伯爵の喉元わずか数ミリのところで静止した。
室内の温度が急速に下がる。
それまで沈黙を守っていたセドリックが、低く冷徹な声を落とした。
「刃を納めろ、伯爵。……それとも、この場で俺が貴様の首を跳ねてやろうか」
セドリックの氷のような青い瞳に射すくめられ、伯爵は息を呑み、力なく腰を落とした。
セドリックは視線をエルヴィラへ移し、淡々と促す。
「続けろ、エルヴィラ」
「はい、殿下」
エルヴィラは立ち上がり、動揺する貴族たちを見下ろした。
「本日付で、ヴァーミリオン伯爵家の関税徴収権およびポルト・ヴェッキオにおける全資産を凍結いたします。また、南西街道は本日より『皇室直轄流通特区』とし、不当な通行税はすべて撤廃いたしますわ」
エルヴィラの毅然とした宣言に、反論できる者は一人もいなかった。
部屋を出た後、長い回廊を歩きながらセドリックが口を開く。
「関所の既得権益は一つ潰した。だが、流通を開放したところで、肝心の魔導窯が動かなければ意味がないぞ」
「承知しておりますわ、殿下」
エルヴィラは前を見据えたまま、迷いのない足取りで答えた。
「午後は下町の職人ギルドへ向かいます。ガルディニアの触媒を必要としない、我が帝国独自の『新型魔導窯』……その試作炉の着工に入ります」
腐敗した貴族を切り捨て、新たな産業の芽を育てる。
エルヴィラの内政改革が、確実な一歩を踏み出していた。




