第23話 鉄の都と錆びた将軍たち
ガルディニア帝国の皇都ヴェルグ。
天を衝く巨大な魔導炉の煙突から黒煙が立ち上り、街全体が重く冷たい鉄の匂いに包まれていた。
壮麗な皇宮の軍事評議室。
円卓の最奥には、皇太子ヴィルヘルムが座っていた。。
その隣に腰掛けるクラウディアは、白銀を基調とした軍服ドレスを寸分の乱れもなく着こなし、冷淡な眼差しで卓上の戦術地図を見つめていた。斜め後ろには、黒の執事服を纏ったジークリットが彫像のように直立している。
円卓を囲むガルディニア軍部の将軍たちは、あからさまな不快感を隠そうともしなかった。
胸元に勲章を誇らしげに並べた老将、オットー大将が重々しく口を開く。
「皇太子妃殿下。ガイストハイムの旧家から輿入れされたばかりの身で、この最高軍事評議会へ同席されるとは……いささか熱心を通り越して無作法ではございませぬか?」
周囲の将官たちから、嘲笑交じりの低い呟きが漏れる。
東の旧帝国から来たばかりの小娘が、軍事大国の最高決定機関に口を挟むなど前代未聞だった。
「無作法、ですか」
クラウディアは扇子を開くこともなく、オットー大将を氷のような灰色の瞳で射抜いた。
「皇太子殿下の代理として、この国の軍備と財政の整合性を確認することの何が無作法なのかしら。むしろ、前線への補給すら滞らせている将軍方の無能ぶりこそ、この国に対する最大の無作法ではありませんこと?」
「な、何だと……!」
オットー大将の顔が怒りで赤黒く染まる。
すかさずジークリットが一歩前へ出て、手元の書類を卓上へ滑らせた。
「こちらは北方辺境・オルデンベルク渓谷における直近三ヶ月の補給記録です。名目上は最新の防寒具と魔導触媒が五千人分搬出されたことになっておりますが――実際に現地へ届いたのは、型落ちの粗悪品が二千人分のみ。残りの差額金は、大将閣下の私設部隊の維持費へ不正流用されておりますね」
評議室の空気が一瞬で凍りついた。
ジークリットの平坦な告発に、オットー大将は机を強く叩いて立ち上がった。
「貴様、他国の間者が何を根拠にデタラメを! オルデンベルクの反乱部隊は山岳地帯に潜む狂犬どもだ! 平民の徴募兵など、寒さと飢えの中で使い潰すのが常識だ!」
「その『使い潰し』のせいで、過去三度も討伐に失敗し、ガルディニアの国境防衛に大穴を空けているのでしょう」
クラウディアは冷ややかに言い放つと、視線を隣の皇太子へ向けた。
「殿下。北方オルデンベルクの反乱鎮圧、私にお任せいただけますか?」
「そうだな。まずは実績が必要だ」
ヴィルヘルムの言葉を受けて、クラウディアが口許を緩める。
これから成すことを考えれば、今必要なものは実績、それも余人には及ばない武勲だった。
二人のやり取りをを見て、オットー大将が醜悪な笑みを浮かべた。
「ほう……! そこまで豪語されるなら、どうぞお引き受け願おう! ただし、中央の正規騎士団は一兵たりとも動かせん。用意できるのは、後方に余っている平民の混成部隊三千のみだ。冬が本格化する前に反乱軍を壊滅させられねば、軍法会議ものですぞ!」
「結構ですわ」
クラウディアは躊躇なく立ち上がった。
「その三千人、私がすべて引き取ります。……ジークリット、出立の準備を」
「御意に、我が主」
評議室を出て、薄暗い回廊を歩く二人。
ジークリットが歩調を合わせながら、低く声をかけた。
「厳しい条件です。北方の混成部隊は装備も士気も最悪、貴族将校たちに見捨てられた『捨て駒』の集まりです」
「捨て駒だからこそ価値があるのよ」
クラウディアの唇に、残酷なほど美しい笑みが浮かぶ。
「血筋だけで威張る錆びた将軍たちなど、私の盤上には不要。……飢えた兵たちにパンと最新の武器を与え、絶対の勝利を刻み込んであげるわ。あの者たちを、私だけの軍隊に育て上げるのよ」
「は。兵站の再編と装備の調達、ただちに進めます」
西の軍事大国を揺るがす覇王の第一歩が、極寒の北方へと踏み出された。




