第20話 大陸の覇権を賭けた宣誓
大階段を一段ずつ降りてくるクラウディアの靴音が、静まり返った大広間に冷たく響く。
白銀の軍服風礼装に身を包んだその姿は、舞踏会という華やかな場にあって、戦場に立つ覇王そのものの威厳を放っていた。
背後に控えるジークリットが無言で歩み寄り、主の掲げた巻物の封蝋を厳かに切り離す。
「帝国貴族の皆様、並びに皇室の皆様。本日の良き日に、私から重大なご報告がございます」
クラウディアの声は、広間の隅々まで澄み渡った。
広げられた羊皮紙の中央には、軍事超大国ガルディニア帝国の国章である『双頭の黄金鷲』が燦然と輝いている。
「先刻、ガルディニア帝国皇太子殿下より、私クラウディア・アデルヴァイトに対する正式な『求婚状』を受託いたしました。両国の和平と通商拡大のため、私は来月をもって同国へ輿入れいたします」
広間が爆発的なざわめきに包まれた。
貴族たちが息を呑み、使節団がざわめく。
公爵家の長女が、隣国の次期皇帝の正妃となる――それは一貴族の婚姻を遥かに超えた、国家間のパワーバランスを根底から覆す一手だった。
「お姉様……」
エルヴィラは紫紺の瞳を細めた。
公爵家の家督争いに執着せず、最初から帝国の外へ飛び出し、より強大な軍事大国の権力を手中に収める選択。クラウディアの真意が、ここに結実していた。
クラウディアは階段の踊り場に立ち止まり、エルヴィラとセドリックを見下ろした。
「父バルタザール公爵の病状、並びに母と妹の不祥事を鑑み、私はアデルヴァイト公爵家の全権を三女エルヴィラへ譲渡することを、貴族院へ正式に申請いたします」
「な……!?」
「家督を、妾腹の三女に譲るというのか!?」
貴族たちの動揺を余所に、クラウディアは冷徹に微笑んだ。
「妹のエルヴィラは、第1皇子セドリック殿下の第一婚約者。公爵家の領地と利権を束ね、我が帝国の内政を支えるに足る器です。……反対の余地はありますまい?」
貴族院の重鎮たちも、反論の言葉を失っていた。
エルヴィラが手に入れたかった「公爵家の家督」を、クラウディアは何の未練もなく、まるで不要になった駒のように妹へ投げ与えたのだ。
セドリックが一歩前へ進み出た。
「ガルディニアの皇太子妃か。……随分と大きな看板を背負ったものだな、クラウディア」
「看板などではありませんわ、セドリック殿下」
クラウディアの双眸に、底知れぬ覇気が宿る。
「私はあちらで、皇太子の単なる飾り物になる気など毛頭ございません。ガルディニアの軍と富のすべてを我が手中に収め、腐敗したこの現帝国を――外側から正しく統治し直して差し上げます」
それは、公衆の面前で行われた実質的な宣戦布告だった。
帝国を併呑し、大陸を統一するという途方もない野望。貴族たちが恐怖で息を呑む中、エルヴィラは堂々と前へ進み出た。
「壮大なお手土産ですこと、お姉様」
エルヴィラは白銀のドレスの裾を揺らし、クラウディアの視線を真っ向から受け止めた。
「公爵家の看板、確かに私が引き受けましたわ。……ですが、ガルディニアの軍靴でこの帝国を踏み荒らそうなど、夢にも思わないことですわね。この国の富も、領土も、殿下の玉座も――すべて私が正しく掌握し、貴女の野望を完璧に防ぎ止めてみせます」
「いい気迫よ、エルヴィラ」
クラウディアは満足げに唇の端を吊り上げた。
「せいぜい内政を整え、牙を研いでおきなさい。……次に盤上で相まみえる時は、国家の存亡を賭けた戦いになるわ」
クラウディアは白銀の外套を翻し、ジークリットを従えて大広間を去っていった。
ジークリットは最後に一度だけ深く一礼し、主の影となって闇の中へと消えていく。
残されたエルヴィラとセドリックの手が、静かに重なり合った。
公爵家という小さな檻を抜け出し、大陸全土を揺るがす二大陣営の覇権戦争が、いま幕を開けた。




