第19話 仮面の剥がれた母娘
建国記念舞踏会の当日の夕刻。
皇宮の大広間は、帝国の全貴族と諸外国の使節団で埋め尽くされ、黄金のシャンデリアが眩い光を投げかけていた。
会場の隅では、返品されたはずの真紅のドレスを無理やり手縫いで手直ししたロザリアと、扇子で顔を隠した母エレオノーラが、落ち着きなく視線を交わしていた。
「お母様、本当に上手くいったのでしょうね?」
「ええ、抜かりはありませんよ」
エレオノーラが醜悪な笑みを漏らす。
「仕立屋が届けたあの小娘のドレスに、油と黒インクをたっぷりと染み込ませてやりました。今頃、控室で泣き叫んでいるはずです。皇室から賜った衣装を台無しにしたとなれば、舞踏会へ顔を出すことすら叶いません」
「ざまあみなさい! あんな泥棒猫、最初からこの場に立つ資格なんてないのよ!」
ロザリアが勝ち誇ったように胸を張った、その時だった。
「――帝国第1皇子、セドリック・フォン・ガイストハイム殿下、並びにエルヴィラ・アデルヴァイト嬢の御入場!」
儀仗兵の高らかな先導の声が響き渡り、大広間の大扉が左右に開かれた。
静まり返る会場の中央を、堂々と歩み出てきたのは――黒と金の礼装を纏ったセドリックと、その腕に手を添えるエルヴィラだった。
「な……!?」
ロザリアが息を呑み、エレオノーラは扇子を取り落とした。
エルヴィラが纏っていたのは、黒く汚されたはずのドレスではなかった。
白銀の絹地に無数の青氷石が縫い込まれ、歩くたびに冷涼な輝きを放つ、皇室最高位の特注正礼装。
その完璧な美貌と凛とした佇まいに、広間の貴族たちから一斉に感嘆のため息が漏れる。
「ば、馬鹿な……! 確かにあの部屋のドレスを破棄したはずなのに!」
「あら、ロザリアお姉様。ご機嫌麗しゅう」
群衆をかき分けるように、エルヴィラがセドリックを伴って母娘の前へ歩み寄った。
「私の部屋へ忍び込んで油を撒いたドレスのことでしたら、最初から仕立屋が用意した『採寸用の予備布』ですわ。本物のドレスは、事前に殿下の近衛が皇宮の別室へ保護しておりましたの」
「貴様……最初から罠だと知っていて……!?」
「ええ。浅薄な悪意のすべてが筒抜けでしたわ」
エルヴィラが冷ややかに告げると、セドリックが合図を送った。
即座に近衛兵が進み出て、エレオノーラとロザリアの背後を塞ぐ。
「公爵夫人エレオノーラ、並びにロザリア・アデルヴァイト」
セドリックの冷徹な声が響いた。
「皇室が下賜した品への器物損壊教唆、ならびに不法侵入の現行犯として、貴様ら二名の身柄を拘束する」
「な、何を仰います殿下! 私たちは公爵家の正統な妻と娘です! このような侮辱――」
「黙れ、見苦しい」
セドリックは一瞥もくれず、吐き捨てるように言い放った。
「貴様らの愚行の記録と証言は、すべて監査局が押さえている。これ以上の恥を晒したくなければ、衛兵に従え」
貴族たちからの冷笑と嘲弄の視線が、無様に手直しされたロザリアのドレスと、青ざめたエレオノーラへ突き刺さる。
二人は喚く気力すら失い、近衛兵によって大広間の裏口から引きずり出されていった。
邪魔者が完全に排除され、会場の中央に残されたエルヴィラとセドリック。
だが、その平穏は長くは続かなかった。
「見事な前座の片付け方ね、エルヴィラ」
広間の上座、大階段の最上段から、凛とした声が響き渡った。
白銀の軍服風礼装を纏ったクラウディアが、赤毛の参謀ジークリットを従え、ゆっくりと階段を降りてくる。
その手には、隣国ガルディニア帝国の黄金の封蝋が施された、巨大な巻物が握られていた。




