第18話 建国記念舞踏会の前哨戦
帝国最大の祝祭である『建国記念舞踏会』を二日後に控え、アデルヴァイト公爵邸は異様な熱気に包まれていた。
皇帝をはじめとする皇族、貴族院の重鎮、果ては周辺諸国の使節団までが一堂に会する場。
公爵家の次期後継者の顔ぶれを披露する場としても、社交界全体の注目が集まっていた。
本邸三階の衣装部屋では、仕立屋たちがエルヴィラの採寸を終えたところだった。
「エルヴィラ様、こちらがセドリック皇子殿下より賜りました、皇室特注の正礼装にございます」
侍女が恭しく掲げたのは、夜空の深淵を思わせる濃紺のシルクに、白銀の糸で繊細な刺繍が施された豪奢なドレスだった。
胸元と裾には、ガイストハイム家の象徴である青氷石があしらわれ、気品と威厳を放っている。
「見事な仕立てね。殿下へ感謝の文を届けてちょうだい」
エルヴィラが指示を出していると、廊下の向こうからヒールの荒々しい足音が響いてきた。
「ちょっと、どきなさい! そこを通しなさい!」
姿を現したのは、謹慎中であるはずの次女ロザリアだった。
その手には、色鮮やかなフリルが何層にも重なった、毒々しいほどに派手な真紅のドレスが抱えられている。
「あら、ロザリアお姉様。ご自身の部屋から出られないはずでは?」
「ふん! 舞踏会は公爵家の娘として出席が義務付けられているのよ! 謹慎中だろうと関係ありませんわ!」
ロザリアはエルヴィラのドレスを一瞥し、侮蔑するように鼻を鳴らした。
「見て御覧なさい、このドレスを! 帝都随一の高級仕立館へ特注した、純金糸仕立ての最高級品よ! ……ジュリアンがいなくとも、私にはこれまでの人脈と美貌があるの。舞踏会で貴女のような地味な日陰者を圧倒して、有力貴族の後ろ盾を奪い返してみせるわ!」
「まあ。……そのドレスのお支払いは、どなたの口座から引き落とされるのかしら?」
エルヴィラが冷ややかな声で問うと、ロザリアは一瞬言葉を詰まらせた。
「な、何を言っているの! 公爵家のツケに決まっているでしょう!」
「残念ですが、公爵家の会計権限はすべて私が握っております。私的な遊興費や承認なき衣装代の決済は、すべて差し止めさせていただきましたわ」
「なっ……!?」
「自費でお支払いになれないのでしたら、そのドレスは直ちに仕立屋へ返品なさることね。お母様とお姉様の持ち合わせでは、端切れ布一枚買うのも難しいはずですけれど」
「お、覚えていなさい……! 舞踏会の当日、絶対に後悔させてやるわ!」
ロザリアは喚き散らしながらドレスを抱えて逃げ去っていった。
その浅薄な背中を見送りながら、エルヴィラは隣に控える『影鴉』の諜報員へ小声で指示を出した。
「ロザリアと母の動きを監視しなさい。あの手合いは、追い詰められるほど幼稚で短絡的な暴発を起こすわ」
「承知いたしました」
同じ頃、公爵邸の北門。
人目を避けるように止まった一台の馬車から、ジークリットが静かに降り立った。
出迎えたクラウディアへ、ジークリットは懐から封蝋の施された親書を一通差し出す。
「ガルディニア帝国特使との事前折衝、完了いたしました。皇太子殿下の直筆親書でございます」
クラウディアは手紙を受け取り、封を解いた。
流麗な文字で記されていたのは、舞踏会当日に全貴族の前で読み上げられる予定の、正式な『求婚状』。
「上出来よ、ジークリット。……これで舞台の仕掛けはすべて整ったわ」
「エルヴィラ様はセドリック殿下と連携し、舞踏会の場で公爵家の次期当主指名を勝ち取る算段のようでございますが」
「ええ。あの子は公爵家という小さな城を完璧に手に入れるでしょう。……けれどその瞬間、私はその城ごと飲み込む巨大な嵐を解き放つ」
クラウディアの怜悧な瞳が、夕闇に染まる帝都の空を冷たく見据えた。
「どちらの野望が盤面を支配するか――舞踏会の夜に決着をつけましょう」
それぞれの思惑が交錯する中、帝都を揺るがす決戦の夜が刻一刻と近づいていた。




