第16話 帝都関税封鎖作戦
深夜、帝都の北門検問所。
霧が立ち込める街道沿いに、灯火を消した大型の幌馬車列が十数台、息を潜めるように連なっていた。
車列を率いる男が、検問所の詰所へ近づき、門番へ革袋を差し出す。中から重々しい金貨の擦れる音が響いた。
「いつもの『特例免税貨物』だ。急いでいる、門を開けろ」
「了解しました。……おい、開門――」
「そこまでですわ」
静寂を裂いたのは、涼やかな女性の声だった。
詰所の背後の闇から、松明を掲げた帝国憲兵隊と、セドリック直属の情報部隊『影鴉』の兵士たちが姿を現し、馬車列を瞬く間に包囲した。
隊列の中央から歩み出たのは、濃紺の外套を纏ったエルヴィラだった。
「な、貴様らは……! この荷はアデルヴァイト公爵家の認可を受けた正規の輸送部隊だぞ!」
「アデルヴァイト公爵家の印なら、ここにもございますわ」
エルヴィラは懐から、公爵家財政監査印の押された令状を掲げた。
「公爵家当主代理権限に基づき、不審貨物の即時開帳を命じます。――検問を開始なさい」
「はっ!」
兵士たちが幌を引き剥がし、荷台の木箱をバールでこじ開ける。中から現れたのは、通常の交易品を装った干し草の下に隠された、夥しい数の黒塗りの木箱だった。蓋を開けると、冷たい青い燐光を放つ高密度の『特殊触媒鉱』がぎっしりと詰まっていた。
「……ガルディニア帝国直輸入の触媒鉱、総量五千キロ。帝都関税をすべて迂回し、クラウディアお姉様が管理する私設倉庫へ直行する手筈でしたわね」
エルヴィラが冷ややかに告げると、輸送部隊の責任者は青ざめてその場に崩れ落ちた。
そこへ、街道の奥から蹄の音が響き、一頭の漆黒の軍馬が姿を現した。
馬上の主は、赤毛の参謀ジークリット。
ジークリットは鞍から音もなく降り立つと、武装した兵士たちの銃口を意に介さず、エルヴィラの前へ進み出て一礼した。
「夜分遅くに失礼いたします、エルヴィラ様」
「ご苦労様です、ジークリット。……お姉様の指示で、荷の回収にいらしたのかしら?」
「左様でございます。この触媒鉱は、公爵領の基幹魔導炉を改修するための必要不可欠な資材。不当な差し押さえの解除を求めます」
「不当、とは心外ですわね」
エルヴィラは薄く微笑み、手元の帝国法規集を軽く叩いた。
「帝国関税法第十二条。軍事転用可能な指定鉱石を帝都へ持ち込む際、帝国監査局および財務官の事前承認を要する。……この荷にはその双方の捺印が欠落しています。正規の手続きを踏まないものは、いかに公爵家の荷であろうと『密輸品』として全量没収の対象です」
「……」
ジークリットの琥珀色の瞳が、微かに細められた。
エルヴィラの手口は完璧だった。事前にセドリックの権限で関税法の解釈を一時的に厳格化させ、クラウディアの敷いた迂回ルートを合法的に塞いだのだ。
「法を盾にした見事な封鎖作戦でございます。……我が主の急所を、正確に突かれましたね」
「お姉様にはお伝えくださいまし。『抜け道を使った小細工は、これにて通行止めです』と」
エルヴィラは冷然と言い放ち、憲兵隊へ荷の押収を命じた。
触媒鉱が手に入らなければ、クラウディアが貴族院へ持ち込んだ「高純度魔導炉」の建設計画は一時凍結を余儀なくされる。クラウディアの打った大手に、エルヴィラが初めて致命的な逆撃を浴びせた瞬間だった。
ジークリットは感情を一切表に出さず、深く一礼した。
「主への伝言、しかと承りました。……ですがエルヴィラ様」
去り際、ジークリットは静かに顔を上げ、エルヴィラを真っ直ぐに見据えた。
「我が主クラウディア様の盤面は、一つの道が断たれた程度で崩れるほど脆くはございません。次の舞踏会、主の真の布石をどうぞお楽しみに」
ジークリットは馬を翻し、夜霧の中へと消えていった。
押収された鉱石の青い光を見つめながら、エルヴィラは息を整えた。
一手を取り返した。だが、ジークリットの揺るぎない態度が示す通り、クラウディアの真の狙いはまだこの先にある。エルヴィラは紫紺の瞳を研ぎ澄ませ、帝都の闇を見据えた。




