第15話 復讐を誓う外道たちの茶会
アデルヴァイト公爵邸の西棟、かつて使用人たちが物置として使っていた薄暗い小部屋。
本邸の一等室をエルヴィラに奪われ、財産権も凍結されたエレオノーラとロザリアは、そこに追いやられていた。
「冷たい紅茶に、湿気たビスケット……! 公爵夫人の私にこのような粗末な施しをするなんて、あの泥棒猫め!」
エレオノーラが安物の陶器カップを卓上に叩きつけた。
向かいの粗末な椅子に腰掛けるロザリアも、爪を噛みながら苛立ちを露わにしている。社交界追放の処分を受けて以来、外出もままならず、肌の艶すら失われつつあった。
「お母様、このままでは本当にあの女に公爵家を奪われてしまいますわ! クラウディアお姉様も私たちを無視して勝手に動いているし……何か、何か手を打たなければ!」
「ええ、分かっていますよロザリア。あの妾腹の娘を完全に失脚させる、とっておきの切り札を用意しました」
エレオノーラが懐から取り出したのは、古びた羊皮紙の束だった。
「これはエルヴィラの亡き母――あの身分の低い女が残した私信の写しです。……少しばかり筆跡を加工してありますけれどね」
「まあ! 何が書かれているのですの?」
「エルヴィラは実は公爵の血を引いておらず、平民の密通相手との間に生まれた不義の子である――という告発状ですよ。これを公に突きつければ、皇室との契約妃の資格も剥奪され、公爵家の継承権など一瞬で灰燼に帰します」
「素晴らしいですわ、お母様!」
ロザリアの瞳に、浅薄な歓喜が戻る。
「ですが、今私たちがこれを貴族院へ持ち込んでも、エルヴィラの手回しで握り潰される恐れがあります。……クラウディアの筆頭執事、あのジークリットという男に渡すのです」
「あの赤毛の男に?」
「ええ。あの男はクラウディアの忠実な猟犬。妹を排除できる決定打と知れば、必ずクラウディアを通じて皇室へ告発するはずです。そうすれば、クラウディアの手でエルヴィラは破滅し、私たちはクラウディアに恩を売って本邸へ戻れます」
「さすがはお母様ですわ!」
その日の夕刻、母娘は公爵邸の回廊を歩くジークリットを待ち伏せした。
「お待ちになって、ジークリット」
エレオノーラが呼び止めると、ジークリットは足を止め、無駄のない所作で一礼した。寸分の乱れもない黒の執事服と、冷淡な琥珀色の瞳。
「これは公爵夫人、並びにロザリア様。私に何かご用件でしょうか」
「単刀直入に言います。クラウディアのために、これを持っていきなさい」
エレオノーラは得意げに偽造された羊皮紙を差し出した。
「エルヴィラが不義の子である動かぬ証拠です。これを使えば、クラウディアは一瞬で邪魔な妹を排除し、公爵家の全権を握れますよ」
ロザリアも扇子を胸元で弄びながら、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「お姉様には感謝していただかなくてはね。私たちを本邸の一等室へ戻し、以前の衣装費を保証してくれるなら、証人として証言台に立ってあげてもよろしくてよ?」
ジークリットは差し出された紙束を受け取ると、視線だけを落として素早く内容を検分した。
そして――何のためらいもなく、母娘の目の前でその紙束を真っ二つに引き裂いた。
「な……!?」
「何をなさるの、無礼者!」
エレオノーラが悲鳴を上げ、ロザリアは目を剥いた。
ジークリットは破片を容赦なく四つ折りに引き裂き、無機質な声音で告げた。
「インクの酸化度合いが不自然であり、筆跡の癖も公爵邸の過去の代筆人のものと一致。初歩的な鑑定魔導具を通すまでもなく、稚拙な偽造文書と判断いたします」
「な、何を生意気な! 公爵夫人の私に対する侮辱――」
「侮辱ではありません、事実の指摘です」
ジークリットの瞳に、氷のような冷徹さが宿った。低く響く威圧感に、二人は息を呑んでたじろぐ。
「我が主クラウディア様が求めておられるのは、盤上における実力の勝利のみ。このような粗雑極まりない小細工を貴族院へ持ち込めば、公爵家の名誉を泥に塗るだけでなく、主の品格すら疑われます」
「で、ですが、エルヴィラを倒すには――」
「エルヴィラ様は、主が認めた唯一の好敵手でございます。……これ以上、我が主の神聖なる盤面を、貴方方の浅ましい泥で汚さないでいただきたい」
ジークリットは冷たく言い捨て、破片を床へ落とすと、一瞥もくれずに踵を返した。
「つ、次期当主の筆頭執事の分際で……! 覚えていなさい!」
廊下に響くロザリアの甲高い怒鳴り声を背に、ジークリットは歩みを緩めることなく執務室へ向かった。
愚者の足掻きなど意に介さず、盤上の二人の才女はすでに、帝都の経済を揺るがす次の一手へと手を伸ばしていた。




