第13話 鉱山の利権争奪戦
帝都中枢に聳え立つ貴族院大評議場。
円形に並ぶ豪奢な議席には、領地利権を牛耳る有力門閥貴族たちが顔を揃えていた。議題はただひとつ――アデルヴァイト公爵家の根幹を成す「ノルトラン魔導鉱山」の採掘権および運営主体の再編について。
議場の演壇を挟み、エルヴィラとクラウディアが対峙していた。
「皆様、これまでのアデルヴァイト公爵家の会計処理をご覧ください」
口火を切ったのはエルヴィラだった。
セドリック皇子直属の帝国監査局が承認した公認印入りの帳簿を掲げ、凛とした声を議場に響かせる。
「旧体制において、鉱山収益の実に三割が架空請求と横流しによって失われておりました。私は帳簿の完全刷新を行い、不透明な仲介業者をすべて排除いたしました。これにより、帝国への上納金を二割増額しつつ、公爵家の純利益を安定させることが可能です」
議場から感嘆のどよめきが漏れる。
数字の辻褄、法的な妥当性、帝室への配慮。どれをとっても隙のない完璧な内政案だった。
だが、反対側の演壇に立つクラウディアは、退屈そうに唇の端を持ち上げただけだった。
「身内の小遣い稼ぎを暴いた程度で、随分と誇らしげね、エルヴィラ」
クラウディアが優雅に腕を組むと、背後からジークリットが歩み出た。
手にした黒革の筒から取り出されたのは、ガルディニア帝国の国章が刻印された大型の設計図面。ジークリットが無駄のない所作でそれを中央の円卓へ広げると、議場の空気が一変した。
「失礼を。こちらはガルディニア帝国が極秘裏に実用化した『連鎖式高純度魔導炉』の独占ライセンス契約書でございます」
ジークリットの静かな、だが通る声が議場を満たす。
「現在の設備では、採掘された粗石から抽出できる魔力結晶は全体の四十パーセントが限界でした。しかしこの炉を導入すれば、歩留まりは八十五パーセントまで跳ね上がります」
「な……八十五パーセントだと!?」
「我が国の精錬技術を遥かに凌駕している……!」
貴族たちが色めき立つ中、クラウディアが一歩前へ進み出た。
その双眸に宿る圧倒的な覇気が、議場全体を威圧する。
「妹の案は、単に『漏れ出る水を止める』だけの姑息な節約に過ぎないわ。私が提示するのは『湧き出る泉そのものを三倍にする』真の改革よ。生産量が三倍になれば、上納金も、貴族院の皆様への配当金も、すべて倍増する。――どちらがこの国の未来を拓く器か、明白ではないかしら?」
議場はクラウディアへの称賛とどよめきで揺れた。
門閥貴族たちの視線が、一気にクラウディアへと傾く。実務の正当性を、圧倒的な技術革新と利益の暴力でねじ伏せる一手。
だが、エルヴィラは動じなかった。紫紺の瞳を細め、静かに反撃の口を開く。
「素晴らしい技術ですわ、お姉様。……けれど、その甘い果実の裏にある猛毒を、皆様はお気づきでしょうか?」
エルヴィラの通る声が、ざわめく議場をピシャリと制した。
「ガルディニア帝国の魔導炉を稼働させるには、同国が独占生産する『特殊触媒鉱』の継続的な補給が不可欠です。つまり――我が国の基幹産業の心臓部を、完全に隣国の掌へ預けることになる。もし隣国との関係が悪化し触媒を止められれば、帝国全土の魔導インフラは一夜にして停止いたしますわ」
「……何だと?」
「それは誠か……!?」
貴族たちの表情が一転して強張る。
「目先の利益に目を眩ませ、国の命綱を他国へ差し出すことこそ、真の亡国の道。――お姉様の案は、公爵家を利するものではなく、ガルディニア帝国へこの国を売り渡すための布石に他なりません」
エルヴィラの鋭利な指摘に、議場は真っ二つに割れた。
即効性のある莫大な利益を推すクラウディア派と、国家安全保障の観点から自国管理を主張するエルヴィラ派。
貴族院議長が木槌を打ち鳴らした。
「静粛に! ……双方の主張は理解した。採掘権の最終的な委託先は、来月の『建国記念舞踏会』における当主代理の正式承認をもって決する!」
採決は持ち越しとなった。
議場を出た回廊で、クラウディアが足を止め、エルヴィラを振り返る。
「私の布石の意図を正確に読み切るとはね。……さすがは私の妹よ」
「お姉様の壮大な野望の巻き添えで、国を滅ぼされては堪りませんから」
「ふふ、滅びではないわ。より強大なる覇権への脱皮よ」
クラウディアは冷徹に微笑み、ジークリットを伴って歩み去った。
一人残されたエルヴィラは、小さく息を整えた。
初戦は辛うじて引き分けに持ち込んだが、クラウディアの持つ影響力と外交力は凄まじい。対抗するためには、こちらもさらなる一手――皇室の力をより深く引き出す必要があった。




