第三十八話 四つ目の場所
西棟の窓が、三回鳴った。
湊たちは校庭から動かなかった。
高井が望遠カメラを向ける。
旧放送室の内窓。
白い廊下を背に、外の颯真がいる。
右手で三本の指を立てる。
次に四本。
床を指す。
自分を指す。
「三か所と、兄ちゃん?」
湊が言う。
佐伯先生が訊く。
「中へ行かないの?」
「行かない」
湊は答えた。
昨日なら走っていた。
外の兄を助ける。
紙を受け取る。
声を聞く。
理由はいくらでも作れる。
でも、現在の颯真は黒瀬家にいる。
二人を近づけた時に何が起きるか分からない。
外の颯真が、白い廊下を指して大きな罰印を作る。
自分も指して、もう一度罰印。
「そこ、安全じゃない?」
高井が言う。
「そう見えます。意味は確定できません」
「今はそれでいい」
湊は望遠画面を見る。
外の颯真が紙を四枚出した。
三枚を抱える。
四枚目だけを足元へ置く。
三枚を重ねる。
四枚目を踏む。
「何してんの」
湊には分からない。
現在の颯真へ写真だけ送る。
返事が来る。
――俺を学校へ連れてけ。
湊はすぐ電話した。
『説教なら切る』
「来ないで」
『外の俺が何言ってるか、俺が見る』
「重なったらどうすんの」
『触らねえ』
「兄ちゃん、触らないって言って触るじゃん」
『お前もだろ』
「だから来ないで」
沈黙。
湊は言葉を探した。
「外の兄ちゃんが、今の兄ちゃんを消して戻りたいって言ったら?」
『腹立つ』
「兄ちゃんも、外の兄ちゃん消えたら楽だと思う?」
『思う』
湊の喉が詰まる。
『ずっと邪魔だよ。俺の顔で、お前見て、俺より長くお前といたみたいな顔する』
「じゃあ助けない?」
『十五日までは一緒に止める』
「その後は」
『その後で喧嘩する』
湊は少し笑った。
「それなら来ないで」
『何でそうなる』
「二人とも邪魔って思ったまま、離れて協力して」
颯真は何度か舌打ちして、最後に切った。
外の颯真が窓へ三枚の紙を貼る。
一枚目を破る。
二枚目も破る。
三枚目は胸へ戻す。
足元の四枚目を拾い、大きく見せた。
――白い場所を出口にするな。
さらにガラスへ指で書く。
――ここは、出られなかった後の場所だ。
湊の呼吸が止まる。
外の颯真は、自分がここへ来た理由を出口とは呼んでいない。
助かった場所でもない。
失敗した後に残った場所。
それだけは、今までの行動と合う。
「じゃあ、四つ目って」
湊が言いかけてやめた。
分からない。
外の颯真が何を四つと数えたのかも分からない。
でも一つだけ決められる。
白い廊下へ逃げない。
午後九時四十二分。
人影が消える。
学校の時計が正しい時刻へ戻った。
高井は夜の最終連絡を短くした。
学校は西棟へ入らない。
黒瀬家は工具箱を開けない。
病院は宗一郎が時計を探す動作を続けたら、本人の同意した条件で止める。
二人の澪は、それぞれ今いる場所の大人と避難を決める。
それだけ。
「全員の条件、同じ紙にしないの?」
湊が訊く。
「しません」
「誰か間違えたら」
「間違えた場所で対処します」
「俺が間違えたら」
佐伯先生が答えた。
「私もいる」
「先生も間違えたら」
「その時は二人で失敗する」
「怖くない?」
「怖いよ」
佐伯先生は普通に言った。
湊はそれ以上の正解を求めなかった。
八月十五日まで、あと二時間。
校庭を出る前、湊は西棟を振り返る。
窓は黒い。
外の兄は、もう見えない。
「明日、助けるから」
口に出しかけてやめた。
代わりに言った。
「明日、勝手に消すなよ」
返事はなかった。
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