↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時は復讐を忘れない  作者: 23
36/40

第三十六話 血では足りない

青の澪が熱を出したのは、八月十四日の午前四時だった。


三十九度一分。


包帯の下で、ガラスに切った傷が赤く腫れている。


医師は感染の可能性を説明し、抗菌薬の点滴を始めた。


白の澪には熱も痛みもない。


青の澪は診察台から訊く。


「十五日の夜までに学校へ行けますか」


「約束できません」


「行く予定です」


「予定より治療です」


澪は悔しそうに天井を見た。


同じ病院には、白の澪の診療記録もある。


同じ氏名。

同じ生年月日。

同じ保険情報。


看護師が青と白のファイルを分けて持ってきた。


「今回の治療は青の記録だけに追加します」


「前の予防接種は?」


「共通の過去として両方から参照します。ただ、今日の発熱はあなたのものです」


採血管へ青い丸と時刻が印字される。


澪がそれを見る。


「この血があれば、私だって分かりますか」


医師が答える。


「白の澪さんとDNAで区別することはできません」


高井が隣から言う。


「でも、あなたが今日この治療を選んだ記録は残ります」


青の澪は同意書へ自分で署名した。


熱で字が歪んだ。


「これ、直さなくていいです」


看護師が訊く。


「読めますよ」


「じゃあ、このままで」


午前六時。


黒瀬家へ連絡が入る。


湊は靴を履いた。


「病院行く」


直哉が止める。


「本人へ聞いてからだ」


「熱あるんだろ」


「だから会いたい相手を本人に選ばせる」


湊は玄関で立ち尽くした。


白の澪から電話が来る。


『私は行きません』


「心配じゃないの」


『心配です』


「じゃあ何で」


『会ったら、痛くないことを謝ると思うからです』


「それでも会えばいいじゃん」


『湊さんは、行きたいんですか。行かないと悪いと思っているんですか』


「……分かんない」


『青の人へ訊いてください』


十分後、青の澪から返事が届く。


――今日は来ないでください。

――明日の配置を、私が病院にいる前提で考えてください。


湊は靴を脱いだ。


「嫌だ」


「何が」


颯真が居間から訊く。


「会いに行きたいのに、行かないの」


「じゃあ行けよ」


「澪が嫌だって」


「なら行くな」


「簡単に言わないで」


颯真が舌打ちする。


「難しくしてんのお前だろ」


同じ頃、病院で宗一郎も面会を断られた。


「私は家族だ」


高井が答える。


「本人は、あなたを含めて断っています」


「悪化したら」


「治療します」


「治らなかったら」


宗一郎の右手が握られる。


四回とも、そういう瞬間だった。


死ぬかもしれない。

助からないかもしれない。

今なら別の履歴へ手が届くかもしれない。


時計はここにない。


それでも右手が、存在しない竜頭を探す形へ曲がる。


看護師が小さなラベルを持ってきた。


青い丸。

採血時刻。

検査番号。


裏に震えた字。


――私を助けるなら、私が同意した治療を続けてください。


宗一郎は長く見た。


「これは、あの子が書いた?」


「本人です」


「血は同じなのに」


「治療は同じではありません」


宗一郎の指が止まる。


青の澪は、白の澪と同じ血を持つ。


だから入れ替えていいのではない。


今朝、自分でこの治療を選んだ一人だった。


宗一郎はラベルを返さなかった。


「持っていていいですか」


看護師は青の澪へ確認し、本人が許可した。


午後。


湊と颯真は家で昼飯を食べた。


湊が急に訊く。


「兄ちゃんだったら、どっち選ぶ?」


「何を」


「青の澪がもっと悪くなって、時計で一人だけ助けられるって言われたら」


颯真の箸が止まる。


「その質問やめろ」


「でも、祖父ちゃんは選ぶ」


「俺は爺さんじゃねえ」


「頭の中では?」


颯真は答えたくなかった。


それでも、湊が目を逸らさない。


「お前」


「俺?」


「お前が消えるなら、お前を選ぶ」


湊の喉が詰まる。


「澪より?」


「ああ」


「外の兄ちゃんより?」


「あいつには悪いけどな」


「それ、最低じゃん」


「知ってる」


颯真は箸を置いた。


「だから俺に時計を持たせんな」


湊は笑えなかった。


でも、兄が正しい答えを言わなかったことに、少し安心した。


夕方、高井から連絡が来る。


青の澪の熱は下がり始めた。

予定していた学校への移動は中止。


それだけだった。


新しい命令も、箱からの紙も出なかった。


誰かを選べと迫る声がなくても、人間の中には最初から順番があった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


続きが気になった方は、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。