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時は復讐を忘れない  作者: 23
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第三十五話 一人分の戸籍

役所の職員は、二人の澪へ同じ住民票を見せた。


八月十三日、午後三時。


氏名。

生年月日。

住所。

続柄。


一人分しかない。


「市として、同じ住民登録を二つに複製することはできません」


年長の職員が言う。


黎一が机へ身を乗り出す。


「一人を偽物にするつもりか」


「その判断もできません」


職員は疲れた顔をしていた。


「法務局は戸籍上の扱いを検討中。児童相談所は生活記録を二件に分けています。学校は仮の学籍管理を求めています。健康保険側は同一番号で二人分の継続治療を登録できず、照会が止まっています」


高井が眉を寄せる。


「昨日は暫定番号で進める話でした」


「医療機関は可能です。市の基幹記録は別です」


「窓口ごとに言うことが違うんですね」


白の澪が訊く。


職員は否定しなかった。


「違います。だから今日、全部は決まりません」


二人の前に置かれた相談記録には、仮にAとBが印刷されている。


青の澪が先に言った。


「Aは使いません」


「識別が必要です」


「青にしてください」


白の澪はすぐには続かなかった。


「私は白を使います。でも、公的な名前に足さないでください」


「相談記録の中だけにします」


職員がA、Bへ線を引く。


隣の部署から電話が入り、年長職員が席を外した。


戻ると、顔がさらに疲れていた。


「学校側が、色による識別を正式学籍へ入れることには反対しています」


青の澪が言う。


「私も反対です」


「ただ、学校は二人を同じ出席番号で処理できません」


白の澪が訊く。


「では、明日学校へ行ったら?」


「どちらも正式な通常出席としては扱えません。相談室登校か、出席扱い保留になります」


「私たちが何かしたから?」


「違います」


職員はすぐ言い、言い直した。


「違う、と私が言っても不利益はあります。申し訳ありません」


悪い人はいなかった。


それでも二人は、学校へ普通に戻れない。


部屋の隅で颯真が笑った。


「仲間じゃん」


全員が見る。


颯真の前にも、別の封筒があった。


学校からの通知。


死亡扱いを前提に停止された学籍について、再開処理を保留。


「俺も普通に復学できねえって」


佳乃が封筒を握る。


「死亡届の方は?」


直哉が答える。


「役所では受理済みの記録が残ってる。今、生きてる本人がいるから訂正申立てをしてる。でも戸籍、学校、保険で処理の順番が違う」


颯真は椅子へ深く座った。


「生きてんのに、紙の上じゃ死んでる時間があるんだな」


青の澪が颯真を見る。


「嫌ですか」


「めちゃくちゃ嫌」


「私は、紙の上では一人しかいない方が嫌です」


「そっちの方が面倒そう」


「比べないでください」


「悪い」


颯真は本当に少し気まずそうにした。


職員は二人の澪へ、現在の居所と希望する居所を書くよう求めた。


青の澪は今の御厨家から離れたいと書いた。


黎一が横から覗こうとし、紙を隠される。


「見ないでください」


「家族だ」


「だからです」


白の澪も、黒瀬家ではない一時保護先を希望した。


佳乃が息を呑んだ。


「ここが嫌だった?」


白の澪は先に佳乃を見る。


「嫌ではありません」


「じゃあ」


「ここにいると、湊さんのために残った人に見えるのが嫌です」


湊は胸を刺されたような顔をした。


「俺が邪魔?」


白の澪は少し考える。


「邪魔ではありません。でも、私がいる理由を湊さんにしたくないです」


青の澪はもう署名を終えていた。


「私は叔父さまと離れます」


黎一の顔が強張る。


「十五日までだ」


「それも叔父さまが決めるんですか」


黎一は黙った。


夕方、二人は別の車で一時保護先へ移った。


同じ住民票を持つ二人が、違う住所で生活を始める。


どちらの住所も、まだ正式な住民登録にはならない。


颯真も別の封筒を持って帰る。


門の前で湊が訊いた。


「兄ちゃん、学校行けないの?」


「今のままだとな」


「俺と同じ登校停止?」


「お前は悪さしたからだろ。俺は死んでるから」


「死んでないじゃん」


「役所に言え」


颯真は笑ったが、すぐに顔を背けた。


学校の友達からメッセージが何件も来ている。


追悼動画が拡散したせいだった。


『本当に本人?』

『いつ戻る?』

『ニュース来てる』


颯真は一つも返さなかった。


生きて帰っただけでは、元の生活へは戻れなかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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