第三十四話 生きている者の追悼
颯真は、自分の追悼集会を中止させなかった。
八月十二日、校長室。
机には、彼が戻る前に印刷された案内状がある。
――黒瀬颯真君を偲ぶ集い。
「中止して、訂正文を出します」
校長が言う。
颯真は紙を裏返した。
「書いた奴の気持ちまで回収すんの?」
「死亡の事実が訂正された以上――」
「俺は、自分の葬式覚えてない」
校長が止まる。
「死んだと思って泣いた奴は覚えてる。俺が生きてるからって、そいつらまで間違いにすんな」
直哉も佳乃も口を挟まなかった。
結局、翌十三日に『黒瀬颯真君に関する説明と追悼の時間』として開くことになった。
西棟は使わない。
午後五時までに全員退館。
提出された追悼文は本人が読むか決める。
それだけを条件にした。
翌日。
体育館へ集まったのは、生徒、保護者、教職員を合わせて百三十二人。
壇上に遺影はない。
本人が座っている。
校長が言う。
「学校が死亡したと説明していた黒瀬颯真君は、現在、生存しています」
客席のどこかで笑いが漏れた。
別の場所では泣き声がした。
颯真がマイクを取る。
「笑っていい。俺も変だと思う」
佐伯先生が止める前に続けた。
「でも謝るな。俺が死んだと思ったことも、追悼文書いたことも、お前らが殺したわけじゃない」
前の席の男子が手を上げる。
「じゃあ、忘れた方がいい?」
「俺に聞くな」
体育館が静かになる。
「俺は覚えてねえんだよ。だから、お前の記憶まで俺が消せねえ」
一人の生徒が追悼文を持って壇上へ来た。
「渡していい?」
「今日は十枚まで」
「少な」
笑いが起こる。
その笑いを、颯真は嫌がらなかった。
十枚目を受け取る前に、体育館のスピーカーから三回、乾いた音がした。
声はない。
西棟で外の颯真が接触した時と同じ間隔だった。
高井が立つ。
「退館してください」
今度は颯真も逆らわなかった。
体育館の一角に置かれた行事用時計だけが、午後六時四十二分を示している。
その下へ、一枚の古い追悼文が落ちた。
今日提出された物ではない。
外の颯真の字。
――俺の方では、全員をここへ集めた。
――湊が消えたのは夜。でも、場所が重なり始めたのは昼だった。
颯真が客席を見る。
百三十二人。
「出ろ!」
マイクを使わず怒鳴った。
三つの出口から人が動く。
颯真は壇上に残った追悼文を抱えかけ、途中で佐伯先生へ半分渡した。
「持って」
「全部置いていって」
「嫌だ」
「避難が先です」
「これ書いた奴まで置いてくみたいで嫌なんだよ」
「七枚だけ持って。残りは私が持つ」
二人で分けた。
午後二時十七分、全員の退館が確認された。
怪我人も行方不明者も出なかった。
だが、学校の外には別の問題が待っていた。
「動画、上がってます」
若い教師が校長へ携帯を見せる。
体育館の後ろから撮られた短い映像。
壇上に生きている颯真。
校長の「死亡したと説明していた」という声。
そして避難する百人以上の人間。
撮影禁止とは案内していなかった。
学校は怪異の記録保全に気を取られ、普通の携帯電話を止める理由もなかった。
一時間で地域のSNSへ広がった。
『死亡した中学生が生存』
『学校が説明会』
『事故隠蔽では』
『合成ではないか』
保護者から電話が殺到する。
市教育委員会は翌日の部活動を中止。
学校は正門前へ職員を置き、報道関係者の敷地内立入を断る。
警察にも照会が入った。
校長が椅子へ座り込む。
「西棟だけ閉じれば済む話ではなくなりましたね」
颯真は動画を一度見て、携帯を伏せた。
「消してって言ったら消える?」
「投稿者に削除を求めることはできます」
「もう保存されてるだろ」
「でしょうね」
颯真は舌打ちした。
「じゃあ、俺が死んだって話も、生きてるって話も、知らねえ奴の物になるのか」
誰も慰めなかった。
校門の外から、記者らしい人間の声が聞こえる。
「黒瀬颯真君ご本人はいらっしゃいますか」
颯真の顔が強張る。
帰るには、その前を通らなければならなかった。
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