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時は復讐を忘れない  作者: 23
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第二十八話 同じ日を別々に覚える

傷のある澪は、魚の皮を残した記憶を持っていた。


八月八日の朝、市立病院。


包帯を外されながら、焼き魚の匂いが浮かぶ。少し生臭くて、皮だけ皿へ残した。


けれど、それをしたのは自分ではない。


向かいの椅子にいる、傷のない澪だった。


「昨日、魚の皮を残しましたか」


傷のある澪が訊く。


「はい」


「私は、それを覚えています」


傷のない澪はすぐには答えなかった。


「私も、そちらが皿を落とす前に叔父さまが手を出したところを覚えています」


「ノートには書いていません」


「知っています」


二人の声が少しずつ硬くなる。


医師は傷の経過だけを確認した。感染はない。抜糸は数日後。


「記憶が混ざったかどうかは、医学では判断できません」


その一言で診察は終わった。


待合室。


傷のある澪は先に言う。


「今日から、ノートを交換しません」


「決めたんですね」


「はい」


「私に聞かずに?」


「私のノートです」


傷のない澪は少し考える。


「では、理由を聞いてもいいですか」


「あなたの昨日を読んだ後、自分の記憶みたいになったからです」


「読まなければ、私が何をしているか分からなくなります」


「分からなくていいことも作りたい」


「私は、まだそう思えません」


傷のある澪が眉を寄せる。


「では読ませろと言いますか」


「言いません」


「どうするんです」


「私は、自分が交換したいかを今日考えます。そちらは交換しない。だから今日は交換しません」


同じ結論へ着いた。


順番は違った。


傷のある澪は、結論を出してから理由を探す。


傷のない澪は、相手の答えを聞いてから自分の答えを作る。


「私たち、話し方まで違ってきましたね」


「嫌ですか」


「少し」


「私は、少し安心しました」


「それも嫌です」


「はい」


「そこは同じなんですね」


二人とも笑わなかった。


高井と児童相談所の職員が来た後、相互閲覧を止めることだけを伝えた。


危険な現象があった時刻と場所は、それぞれ高井へ伝える。

日記の中身は相手へ見せない。

必要な医療記録は本人ごとに残す。


それ以上の仕組みは作らなかった。


午後、二人は八月十五日にいたい場所を別々に訊かれた。


傷のある澪は学校を選んだ。


「理由は」


「出られなかった場所だからです。今度は、自分で出たい」


傷のない澪は御厨家を選んだ。


「叔父さまのためですか」


「違います」


「ではなぜ」


「私が帰る日を、叔父さまに決められたままにしたくありません」


面談室へ戻る。


「学校ですか」


傷のない澪が訊く。


「御厨家なんですね」


傷のある澪が返す。


互いに理由までは聞かなかった。


帰り際、一台しかない携帯電話をどちらが持つかで止まる。


傷のある澪が言った。


「児童相談所へ預けます」


「私は持ちたいです」


「昨日はそちらが持ちました」


「だから、今日も私のものだとは思っていません。ただ、連絡先が全部入っています」


「固定電話があります」


「私の保護先にも電話はあります」


二人の目が合う。


傷のある澪は、先に結論を変えなかった。


「私は預けたいです」


傷のない澪はしばらく携帯を持ち、最後に職員へ渡した。


「今日は預けます。でも、明日も同じとは決めません」


「分かりました」


夕方。


二人は別の場所にいた。


何を食べたかを教えなかった。

誰と何を話したかも教えなかった。


夜になっても電話をしない。


傷のある澪は、その選択を後悔した。


傷のない澪は、電話をかけたいと思ったが、後悔とは呼ばなかった。


同じ日を別々に覚えるために、最初に失ったのは安心だった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


続きが気になった方は、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

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