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時は復讐を忘れない  作者: 23
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第二十七話 二人の兄が持つ紙

颯真は、外の自分を呼ぶために玄関へ座った。


八月七日、午後六時三十六分。


湊は隣にいる。直哉と佳乃は少し離れ、高井は玄関の外に立った。


現在の颯真が持っているのは、外の自分から最初に渡された紙だけだった。


見えているか、聞かないで。

場所を書いて。

返事を、一人で読まないで。


「その紙、嫌いなくせに持ってるね」


湊が言う。


「捨てる方が腹立つ」


「外の兄ちゃんのだから?」


「俺の字だから」


午後六時四十二分。


引き戸のガラスが曇る。


右頬にえくぼのある颯真が、向こう側へ立った。


現在の颯真が最初に紙を貼る。


『湊が消えた日のこと。お前がやった失敗を書け』


外の颯真の顔が険しくなる。


『爺さんを止めた。時計は開けなかった』


『その後』


『全員を黒瀬家へ集めた』


湊は息を止めた。


『場所を書いた』


外の颯真が、折り目だらけの紙を見せる。


父、居間。

母、台所。

祖父、工具箱の前。

颯真、玄関。


湊だけが三つある。


二階。

庭。

居間。


「僕は?」


湊が紙へ書こうとする。


現在の颯真が鉛筆を取った。


「俺が聞く」


『お前にはどこにいた』


外の颯真が右手をガラスへ押し当てる。


掌には、爪で抉ったような傷が四本。


『手の中』


現在の颯真の顔が歪む。


『いつ消えた』


『九時十三分を過ぎて、全員の紙を一枚へ写した時』


湊が言う。


「澪の名前と似て――」


「似てるで止めろ」


颯真が遮る。


外の颯真は続きを書く。


『一枚にした後、湊の場所が減った』


『何した』


『書き直した』


『戻ったか』


『戻らない』


『何回』


外の颯真は答えず、傷だらけの掌を見せた。


現在の颯真が舌打ちする。


『次なら戻ると思った?』


『思った』


『爺さんと同じだ』


外の颯真の表情が変わる。


『分かってる』


「分かってる顔すんな」


現在の颯真は、本気で怒っていた。


外の颯真もガラスへ拳をつける。


同じ位置に、二つの拳が重なる。


湊は二人の間へ入らなかった。


現在の颯真が訊く。


『その紙、渡せるか』


外の颯真が首を横へ振る。


『これが湊を掴んでた最後の紙だ』


「紙じゃなくて俺を持ってろよ」


湊が呟く。


現在の颯真が聞いた。


「こいつには、もうその俺がいねえんだよ」


外の颯真は聞こえない。


けれど、紙を胸へ押し当てた。


現在の颯真も、自分の紙を握る。


二人とも、記録が欲しいのではなかった。


失くしたくない弟との最後の形を、手放せなかった。


午後六時五十分が近づく。


高井が時間を告げる。


「終わります」


「まだ聞ける」


現在の颯真が言う。


外の颯真も、残りの紙を持っている。


湊は兄を見る。


「続けたい?」


「続けたい」


「じゃあ、やめよう」


「何でお前が」


「兄ちゃん、止まれない顔してる」


颯真の口が閉じる。


外の颯真が先に紙を下げた。


鏡文字で一行。


『止めろ』


現在の颯真が笑いそうになり、失敗した。


「お前に言われたくねえ」


外の颯真。


『だから言う』


しばらくして、現在の颯真も紙を下げた。


「終わり」


自分で言った。


外の颯真は最後に湊を見る。


湊は「明日」と言わなかった。


外の颯真も約束しなかった。


曇りが消える。


玄関に夏の空気が戻る。


現在の颯真は、自分の紙を制服の内側へ戻した。


「兄ちゃん」


「何」


「外の兄ちゃん、嫌い?」


「嫌い」


「でも、助けたい?」


颯真は玄関の戸を見たまま答える。


「今は、消えてほしくない」


「違う?」


「全然違う」


湊は、それ以上きれいに言い直さなかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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