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時は復讐を忘れない  作者: 23
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第二十五話 沙夜子の声を聞く

沙夜子の声は、黎一の名前から始まった。


警察署の小さな確認室。


壁際に黎一。二人の澪は離れた椅子へ座っている。高井と児童相談所の職員が後ろにいた。


複製した音源が再生される。


『黎一へ』


その一言だけで、黎一は出口を見た。


『あなたがこれを聞く時、私は、あなたの知っている私と同じ時間を持っていないかもしれない』


テープの向こうで沙夜子が一度咳をする。


『宗一郎が接続したあと、私は事故を覚えていました。でも、あなたが病院で私の手を握っていた三日間を覚えていなかった。あなたは覚えていた』


黎一が再生機へ歩いた。


「止めろ」


音が止まる。


「帰る」


包帯のある澪が立つ。


「残ってください」


「命令するな」


「叔父さまは、沙夜子さんの記録を使って私たちを一人にしました。最後まで聞いてください」


もう一人の澪は立たない。


「帰ってもいいです」


「何?」


「でも、聞かなかった続きを『沙夜子さんの答え』にはしないでください」


黎一は二人を交互に見た。


一人は残れと言う。

一人は出ることを止めない。


結局、黎一は壁際へ戻った。


「続けろ」


沙夜子の声が戻る。


『宗一郎が私を救った日、別の名が記録から落ちた。あなたは、一人を戻した代わりに一人が消えたと言った』


黎一の腕が組まれる。


『私も疑いました。でも、順序が合わない例がある。接続より前に欠けた名前。数日遅れて消えた住所。接続しても戻らない物』


包帯のある澪が息を吐く。


『一対一の交換なら説明できません』


黎一の目が閉じた。


『時計が無関係だとは言いません。接続が欠落を広げた可能性もある。でも、原因と結果を、いつも同じ順番へ並べることはできなかった』


そこで一度、長い無音が入る。


『黎一。あなたが失ったのは、私の命だけではない。私と過ごした時間です』


黎一の拳がほどけた。


『だから、今いる誰かへ、失った人の続きをやらせないで』


二人の澪が互いを見る。


『同じ名前、同じ顔、同じ記憶を持つ人が重なっても、どちらかを消して一人へ戻せば、失った時間まで戻るわけではありません。残った人へ、選ばれなかった人の生活まで背負わせるだけです』


黎一が低く言う。


「姉は、二人の澪を知っていたのか」


高井は答えない。


録音時期はまだ確定していない。


沙夜子の声が続く。


『八月十五日午後九時十三分。学校、山ノ宮神社、黒瀬家で重なりが増える可能性があります。全員を一か所へ集める案には反対します』


包帯のない澪が小さく首を振った。


「だから離せば安全、ではない」


テープの中の沙夜子が、まるで聞いていたように続ける。


『離せば安全とも言えません。場所だけを正解にしないでください』


黎一は苦い顔で笑った。


「死んだ後まで、答えを濁す」


包帯のある澪が言う。


「分からないものを、分かったことにしていないだけです」


「お前たちは姉を正しいと思うのか」


「一対一交換を否定する記録として使います」


包帯のある澪は即答した。


もう一人は、少し考えてから言う。


「私は、沙夜子さんも間違える人として残します」


「同じ孫が、別の答えを言うんだな」


「昨日からは、同じ日を生きていません」


最後に、沙夜子の声が黎一へ向く。


『私の声を、黒瀬を許す理由にしなくていい』


黎一が顔を上げた。


『許さなくていい。復讐を忘れなくてもいい。ただ、あなたが失った人を、今いる誰かの名前で埋めないで』


無音。


『あなたの姉でいられなかったことを、私は忘れていません』


テープが止まった。


黎一は泣かなかった。


「姉は、私を捨てた」


包帯のない澪が何か言いかける。


包帯のある澪が先に止めた。


「今日は、それでいいです」


「訂正しないのか」


「今、叔父さまがそう聞いたんでしょう」


「お前は違うと思うのか」


「思います。でも、今ここで私が正しい意味を決めても、叔父さまと同じことをします」


もう一人の澪が、初めて少し驚いた顔をした。


黎一は椅子へ座った。


再生機へ手を伸ばす。


「もう一度、一人で聞きたい」


高井が所有と保管の条件を説明しようとしたが、黎一が遮った。


「今じゃない。家へ戻ってからでもない。聞ける日を自分で決める」


二人の澪は、それを許可しなかった。


止めもしなかった。


帰り際、黎一はカセットの複製を持たなかった。


手ぶらで警察署を出た。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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